TRENDIA CLASSIC

コメット・X

佐藤春夫

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わたしはこの男にはとてもかなわぬと思いました。でもこの男は馬鹿で、それがためにまじりけのない芸術家でした。この男は、蝶は夜になったらどこで寝るだろうかということを苦にしていたし、ゴオルデンバットの箱にある二疋の蝙蝠は夫婦にちがいないのだが、それならどちらが雌だろうかという疑問を抱いていました。この男はアラビアンナイトの中から無駄を引抜いて、それを一千一秒間に語りつづけることも出来たし、アインスタインの法則に従って、第三半球を発見するのでした。誰もとても出来そうもないことをこの男は事もなげにやってのけました。というのも、神さまが特別にこの男に恵みを垂れて、この男の頭のなかからどこかのくさびを一本外してしまったからでした。この男の全体は神聖な発育不十分でした。二十五歳にもなってこの男の頭のある部分は今だに十五歳のままでした。そうしてすべての少年のように彼は新鮮極まる官覚を持っていて、それがしかも決して不老のものでした。そうして彼の変則な頭の山や川のなかには、だからフェアリィがたくさん住んでいました。彼は生れながらの童話作家でした。神さまのミスビルディングとしてはまあ無二の傑作の部門に属すべきもので、一口にいうと、天才的とでもいうのでしょう。ですから、誰しもこの男にはちょっと驚かされます――少くとも芸術のことが多少でもわかる人間なら。そのくせこの男を初めから大して尊敬する気にはなれないのです。そこがどうも少し不思議なので、わたしはしばらく気をつけてこの男とつき合っているうちに最後に、この男が前述のとおりの美的低能児だということを発見したわけでした。

それでわたしはこの男のことをゴオルドスミスとアダ名してやりました。このアダ名と一緒にその理由を――馬鹿であって美しい傑作を残した大作家のことを聞かせてやると、彼はおこったような恨めしいようなあわれみを乞うような全く特有の目つきをしてわたしをちょっと睨みました。

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