文学好きの家庭から
本文約590字 ・ 読了時間 約2分
あらすじ(AIが作成しました)
代々お奥坊主を務める家庭で育った著者が、自身の生い立ちと文学に親しむ家族の姿を綴る。囲碁や俳句を嗜む父や、昔話を多く知る母、そして幼少期から深い愛情を注いでくれた伯母との生活を振り返る。実業家や工学士を志すことには反対しそうな家族が、文学を志すことには寛容であったという環境を明かす。さらに、幼い頃に見た芝居の記憶や、初めて触れた小説など、自身の文学的感性を形作った体験の数々を回想する。
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私の家は代々お奥坊主だったのですが、父も母もはなはだ特徴のない平凡な人間です。父には一中節、囲碁、盆栽、俳句などの道楽がありますが、いずれもものになっていそうもありません。母は津藤の姪で、昔の話をたくさん知っています。そのほかに伯母が一人いて、それが特に私のめんどうをみてくれました。今でもみてくれています。家じゅうで顔がいちばん私に似ているのもこの伯母なら、心もちの上で共通点のいちばん多いのもこの伯母です。伯母がいなかったら、今日のような私ができたかどうかわかりません。
文学をやることは、誰も全然反対しませんでした。父母をはじめ伯母もかなり文学好きだからです。その代わり実業家になるとか、工学士になるとか言ったらかえって反対されたかもしれません。
芝居や小説はずいぶん小さい時から見ました。先の団十郎、菊五郎、秀調なぞも覚えています。私がはじめて芝居を見たのは、団十郎が斎藤内蔵之助をやった時だそうですが、これはよく覚えていません。なんでもこの時は内蔵之助が馬をひいて花道へかかると、桟敷の後ろで母におぶさっていた私が、うれしがって、大きな声で「ああうまえん」と言ったそうです。二つか三つくらいの時でしょう。小説らしい小説は、泉鏡花氏の「化銀杏」が始めだったかと思います。もっともその前に「倭文庫」や「妙々車」のようなものは卒業していました。これはもう高等小学校へはいってからです。
完