芥川竜之介歌集
本文約2,100字 ・ 読了時間 約5分
あらすじ(AIが作成しました)
春の情景や恋の哀愁を歌った「紫天鵞絨」、知人への思慕や病室での心象を描く「桐」、恋の喪失感や薔薇に託した感情を綴る「薔薇」、旅先での孤独と憧憬を詠む「客中恋」、若者たちの彷徨と儚い恋心を示す「若人」、海辺の光景と少女たちの姿を写生した「砂上遅日」の六章を収める。
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目次
紫天鵞絨/桐/薔薇/客中恋/若人/砂上遅日
紫天鵞絨
やはらかく深紫の天鵞絨をなづる心地か春の暮れゆく
いそいそと燕もまへりあたゝかく郵便馬車をぬらす春雨
ほの赤く岐阜提灯もともりけり「二つ巴」の春の夕ぐれ(明治座三月狂言)
戯奴の紅き上衣に埃の香かすかにしみて春はくれにけり
なやましく春は暮れゆく踊り子の金紗の裾に春は暮れゆく
春漏の水のひゞきかあるはまた舞姫のうつとほき鼓か(京都旅情)
片恋のわが世さみしくヒヤシンスうすむらさきににほひそめけり
恋すればうら若ければかばかりに薔薇の香にもなみだするらむ
麦畑の萌黄天鵞絨芥子の花五月の空にそよ風のふく
五月来ぬわすれな草もわが恋も今しほのかににほひづるらむ
刈麦のにほひに雲もうす黄なる野薔薇のかげの夏の日の恋
うかれ女のうすき恋よりかきつばたうす紫に匂ひそめけむ
[#改ページ]
桐 (To Signorina Y. Y.)
君をみていくとせかへしかくてまた桐の花さく日とはなりける
君とふとかよひなれにしあけくれをいくたびふみし落椿ぞも
広重のふるき版画のてざはりもわすれがたかり君とみればか
いつとなくいとけなき日のかなしみをわれにおしへし桐の花はも
病室のまどにかひたる紅き鳥しきりになきて君おもはする
夕さればあたごホテルも灯ともしぬわがかなしみをめざまさむとて
草いろの帷のかげに灯ともしてなみだする子よ何をおもへる
くすり香もつめたくしむは病室の窓にさきたる芙藍の花
青チヨオク ADIEU と壁にかきすてゝ出でゆきし子のゆくゑしらずも
その日さりて消息もなくなりにたる風騒の子をとがめたまひそ
いととほき花桐の香のそことなくおとづれくるをいかにせましや
(四・九・一四)
[#改ページ]
薔薇
すがれたる薔薇をまきておくるこそふさはしからむ恋の逮夜は
香料をふりそゝぎたるふし床より恋の柩にしくものはなし
にほひよき絹の小枕薔薇色の羽ねぶとんもてきづかれし墓
夜あくれば行路の人となりぬべきわれらぞさはな泣きそ女よ
其夜より娼婦の如くなまめける人となりしをいとふのみかは
わが足に膏そゝがむ人もがなそを黒髪にぬぐふ子もがな(寺院にて三首)
ほのぐらきわがたましひの黄昏をかすかにともる黄蝋もあり