本文へ移動
TORENDIA

列車

本文約3,100字 ・ 読了時間 約7分

あらすじ(AIが作成しました)

一〇三号列車は、幾多の物語を乗せて上野から青森へ向かう。語り手は、友人汐田の恋人でありながら国元へ帰されることになったテツを見送るため、妻と共に上野駅を訪れる。かつての友情が思想や環境の隔たりで冷え込む中、語り手は列車の窓からテツの姿を見つけ、見送る人々の悲哀や戦争の影を前に複雑な心境を抱く。発車直前の張り詰めた空気の中で、語り手はテツに言葉をかけ、冷たい雨の降る中、列車が青森へ向けて出発するまでの時間を綴る。

太宰治

速度
🎧 列車 / 朗読音声: VOICEVOX:玄野武宏

💰 この本を応援する(投げ銭)

1 / 4

一九二五年に梅鉢工場といふ所でこしらへられたC五一型のその機關車は、同じ工場で同じころ製作された三等客車三輛と、食堂車、二等客車、二等寢臺車、各々一輛づつと、ほかに郵便やら荷物やらの貨車三輛と、都合九つの箱に、ざつと二百名からの旅客と十萬を越える通信とそれにまつはる幾多の胸痛む物語とを載せ、雨の日も風の日も午後の二時半になれば、ピストンをはためかせて上野から青森へ向けて走つた。時に依つて萬歳の叫喚で送られたり、手巾で名殘を惜まれたり、または嗚咽でもつて不吉な餞を受けるのである。列車番號は一〇三。

番號からして氣持が惡い。一九二五年からいままで、八年も經つてゐるが、その間にこの列車は幾萬人の愛情を引き裂いたことか。げんに私が此の列車のため、ひどくからい目に遭はされた。

つい昨年の冬、汐田がテツさんを國元へ送りかへした時のことである。

テツさんと汐田とは同じ郷里で幼いときからの仲らしく、私も汐田と高等學校の寮でひとつ室に寢起してゐた關係から、折にふれてはこの戀愛を物語られた。テツさんは貧しい育ちの娘であるから、少々内福な汐田の家では二人の結婚は不承知であつて、それゆゑ汐田は彼の父親と、いくたびとなく烈しい口論をした。その最初の喧嘩の際、汐田は卒倒せん許りに興奮して、しまひに、滴々と鼻血を流したのであるが、そのやうな愚直な話さへ、年若い私の胸を異樣に轟かせたものだ。

そのうちに私も汐田も高等學校を出て、一緒に東京の大學へはひつた。それから三年經つてゐる。この期間は、私にとつては困難なとしつきであつたけれども、汐田にはそんなことがなかつたらしく、毎日をのうのうと暮してゐたやうであつた。私の最初間借してゐた家が大學のぢき近くにあつたので、汐田は入學當時こそほんの二三囘そこへ寄つて呉れたが、環境も思想も音を立てつつ離叛して行つてゐる二人には、以前のやうなわけへだて無い友情はとても望めなかつたのだ。私のひがみからかも知れないが、あのとき若し、テツさんの上京さへなかつたなら、汐田はきつと永久に私から遠のいて了ふつもりであつたらしい。

太宰治の他の作品

同じジャンルの朗読つきの本