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TORENDIA

蒼穹

本文約2,300字 ・ 読了時間 約5分

あらすじ(AIが作成しました)

晩春の午後、村の土堤から巨大な雲を眺めていた「私」は、その尽きない生成と消滅を追ううちに、身体の平衡感覚を失うような言い知れぬ恐怖を覚える。雲が突如として現れる現象に不思議な山や岬の存在を想像したが、不意に暗闇を歩いた過去の記憶が蘇る。空の奥底に横たわるのは物理的な物体ではなく、白日の闇が満ち充ちた虚無であると悟り、そのあまりの深淵を前に、ただ大きな不幸と絶望的な戦慄を感じるまでを描く。

梶井基次郎

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🎧 蒼穹 / 朗読音声: VOICEVOX:春日部つむぎ

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ある晩春の午後、私は村の街道に沿った土堤の上で日を浴びていた。空にはながらく動かないでいる巨きな雲があった。その雲はその地球に面した側に藤紫色をした陰翳を持っていた。そしてその尨大な容積やその藤紫色をした陰翳はなにかしら茫漠とした悲哀をその雲に感じさせた。

私の坐っているところはこの村でも一番広いとされている平地の縁に当っていた。山と溪とがその大方の眺めであるこの村では、どこを眺めるにも勾配のついた地勢でないものはなかった。風景は絶えず重力の法則に脅かされていた。そのうえ光と影の移り変わりは溪間にいる人に始終慌しい感情を与えていた。そうした村のなかでは、溪間からは高く一日日の当るこの平地の眺めほど心を休めるものはなかった。私にとってはその終日日に倦いた眺めが悲しいまでノスタルジックだった。Lotus-eater の住んでいるといういつも午後ばかりの国――それが私には想像された。

雲はその平地の向うの果である雑木山の上に横たわっていた。雑木山では絶えず杜鵑が鳴いていた。その麓に水車が光っているばかりで、眼に見えて動くものはなく、うらうらと晩春の日が照り渡っている野山には静かな懶さばかりが感じられた。そして雲はなにかそうした安逸の非運を悲しんでいるかのように思われるのだった。

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