かなしみの日より
本文約7,700字 ・ 読了時間 約16分
あらすじ(AIが作成しました)
出産を控えたお葉は、激しい苦痛のなかで朦朧とした意識をさまよい、夢と現実の狭間で苦闘する。産婆や髪結、そして夫が不安げに見守るなか、ようやく赤ん坊が誕生する。後産が滞るなどの危機を医師の処置で乗り越えた彼女は、静かな夜明けを迎え、隣で眠る我が子との対面に戸惑いつつも、夫と共に深い哀れみと新たな希望を抱く。誕生という極限の苦しみのなかから、家族の小さく確かな微笑みが生まれるまでの心象風景を描く。
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彼女は、遠くの方でしたやうな、細い糸のやうな赤ん坊の泣き声を、ふと耳にしてうつゝのやうに瞳を開けた。もはや部屋のなかには電気がついてゝ戸は立てられてあった、そして淡黄色い光りが茫然と部屋の中程を浮かさるゝやうになって見えた。
『一寸もお苦しくは御座いませんか。気が遠くなるやうじゃ御座いませんか。』
彼女の瞳がうっすらと開いたのを見て、色の黒い目っかちのやうな産婆がすぐ声をかけた。彼女はなんにも見なかった。そしてその声ばかりを耳元で静かに聞いた。
『いゝえ、一寸も苦しくないの。それはいゝ気持。』
そして彼女は夢のなかで一人ごとを云ふやうに、快よさそうに云った。するとまた、
『大丈夫ですか、まだすんだのじゃありませんからね。もう一度、ほんのちょっと苦しみさへすればそれでいゝんですからね。』とやさしい声がきこえて来た。
「おゝ、私は非常に苦しんだのだった。あの時は障子に明るい日があたってちらちらしてゐた。そして私が、寒さと冷汗と烈しい痛みのなかにふるへてゐた私が、くらやみの中に閉ぢた眼をふと開けて、あの障子にちらちら踊ってた日を見たのだった。外はまばゆい程明るかった。そして私は本当にすべてが消滅するかと思はれるほど苦しんだのだった。」
彼女は、ふと頭のなかですべてのことを思ひ浮べたやうだった。あの恐ろしい発作のやうななやみを、そして彼女はぼんやりと、どこかに非常にあはれな小さな赤ん坊がゐるに違ひないと思った。彼女はぼんやりと再び瞳を開けた。
すると、目の前にいつも髪を結ひに来る赤い顏の肥えた髪結さんの、まんまるい大きな眼が不安そうに光ってゐた。
『ね、奥様、ちょっと起き上って見ちゃどうですか。私がそっとこう大切に手をかけて見てあげますから、あゝ私はどうしたらいゝか気が気ぢゃない。奥様、後のものが下りないと、大変なんですがねえ、どうしたらいゝだらう。血が頭に上ってしまったら。ね、奥様一寸起き上って見なすっちゃどうですか。そうするとすぐ下りるんですけれどもね。第一寝てお産するのがいけないのだ。』
『髪結さんなの。』
彼女は低い声で気のなさそうに聞いた。