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TORENDIA

半七捕物帳

本文約21,700字 ・ 読了時間 約44分

あらすじ(AIが作成しました)

明治二十七年、芝居好きの老人半七が、佐倉宗吾の演目を見物に訪れた下総の百姓一行を巻き込む難事件を回想する。芝居見物のために江戸へ出た百姓たちが、親類を訪ねる途中に六道の辻で武士の仇討ちを目撃し、その後、何者かに監禁される。半七は現場の証拠から犯人の所在を突き止め、江戸の地で発生した数々の騒動を鮮やかに解決へ導いていく。古き良き江戸の気風を背景に、老岡っ引の活躍を描く捕物帳。

岡本綺堂

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一

読者もすでに御承知の通り、半七老人の話はとかくに芝居がかりである。尤も昔の探索は、幾らか芝居気が無くては出来なかったのかも知れない。したがって、この老人が芝居好きであることもしばしば紹介した。

日清戦争が突発するふた月ほど前、明治二十七年五月の二十日過ぎである。例のごとく日曜日の朝から赤坂の宅へ推参すると、老人はきのう新富座を見物したと云った。

「新富は佐倉宗吾でしたね」

「そうです、そうです。九蔵の宗吾が評判がいいので見に行きましたよ。九蔵の宗吾と光然、訥子の甚兵衛と幻長吉、みんな好うござんしたよ。芝鶴が加役で宗吾の女房を勤めていましたが、これも案外の出来で、なるほど達者な役者だと思いました。中幕に嵯峨や御室の浄瑠璃がありましたが、九蔵の光国はほんのお附き合いという料簡で出ている。多賀之丞の滝夜叉は不出来、これは散散でしたよ。なにしろ光国が肝腎の物語りをしないで、喜猿の鷲沼太郎とかいうのが名代を勤めるという始末ですから、まじめに見てはいられません」

老人が得意の劇評は滔々として容易に尽くるところを知らざる勢いであったが、それがひとしきり済むと、老人は更に話し出した。

「あの佐倉宗吾の芝居は三代目瀬川如皐の作で、嘉永四年、猿若町の中村座の八月興行で、外題は『東山桜荘子』といいました。その時代のことですから、本当の佐倉の事件として上演するわけには行きません。世界をかえて足利時代の芝居にしてあるのですが、渡し守甚兵衛と幻長吉が彦三郎、宗吾が小団次、宗吾の女房おみねが菊次郎、いずれも嵌り役で大評判、八月から九月、十月と三月も続いて打ち通しました。そこで、表向きは足利時代の事になっていますが、下総の佐倉の一件を仕組んだのは誰でも知っているので、佐倉領のお百姓たちも見物のために江戸へ続々出て来るというわけで、芝居はいよいよ繁昌しました。もちろん芝居の方でも抜け目がなく、今度の宗吾を上演するに就いては、座方の者がわざわざ佐倉まで参詣に出かけ、大いに芝居の広告をして来たのでした。こんなことは昔も今も変りはありません。

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