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TORENDIA

ゆず湯

本文約13,200字 ・ 読了時間 約27分

あらすじ(AIが作成しました)

麹町で暮らす左官の徳が亡くなったという報せを、銭湯で聞いた語り手。徳は生前、正気を失った妹のお玉と二人で近隣と孤立した生活を送っていた。お玉が病院へ入った後、徳は家を手放し、質素な暮らしを続けていた。徳の死後、親類と名乗る人々が現れて遺産を持ち去ったこと、病院で生活するお玉の現在の様子を伝聞し、彼らが周囲を拒絶してまで守り抜こうとした、誇り高くも悲壮な一生を回想する。

岡本綺堂

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一

本日ゆず湯というビラを見ながら、わたしは急に春に近づいたような気分になって、いつもの湯屋の格子をくぐると、出あいがしらに建具屋のおじいさんが濡れ手拭で額をふきながら出て来た。

「旦那、徳がとうとう死にましたよ。」

「徳さん……。左官屋の徳さんが。」

「ええ、けさ死んだそうで、今あの書生さんから聞きましたから、これからすぐに行ってやろうと思っているんです。なにしろ、別に親類というようなものも無いんですから、みんなが寄りあつまって何とか始末してやらなけりゃあなりますまいよ。運のわるい男でしてね。」

こんなことを言いながら、気の短いおじいさんは下駄を突っかけて、そそくさと出て行ってしまった。午後二時ごろの銭湯はひろびろと明かるかった。狭い庭には縁日で買って来たらしい大きい鉢の梅が、硝子戸越しに白く見えた。

着物をぬいで風呂場へゆくと、流しの板は白く乾いていて、あかるい風呂の隅には一人の若い男の頭がうしろ向きに浮いているだけであった。すき透るような新しい湯は風呂いっぱいにみなぎって、輪切りの柚があたたかい波にゆらゆらと流れていた。窓硝子を洩れる真昼の冬の日に照らされて、かげろうのように立ちまよう湯気のなかに、黄いろい木の実の強い匂いが籠っているのもこころよかった。わたしは好い心持になって先ずからだを湿していると、隅の方に浮いていた黒い頭がやがてくるりと振り向いた。

「こんにちは。」

「押し詰まってお天気で結構です。」と、わたしも挨拶した。

彼は近所の山口という医師の薬局生であった。わたしと別に懇意でもないが、湯屋なじみで普通の挨拶だけはするのであった。建具屋のおじいさんが書生さんといったのはこの男で、左官屋の徳さんはおそらく山口医師の診察を受けていたのであろうと私は推量した。

「左官屋の徳さんが死んだそうですね。」と、わたしもやがて風呂にはいって、少し熱い湯に顔をしかめながら訊いた。

「ええ、けさ七時ごろに……。」

「あなたのところの先生に療治してもらっていたんですか。」

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