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TORENDIA

嘘をつく日

本文約7,000字 ・ 読了時間 約15分

あらすじ(AIが作成しました)

病院の恢復期にある瀬川は、四月一日のエイプリルフールを楽しもうと計画する。同僚を騙すことに成功し、高揚した気分で診察室へ向かうが、そこで偶然、幼い子供の亡骸を抱えた父親と医員たちの姿を目にする。死という絶対的な静粛さに直面し、自身の遊戯がいかに無意味なものかを痛感した瀬川は、この日を祝うことを二度とすまいと誓う。生の喜びと死の重みとの対比を描く作品。

水野仙子

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患者としてはこの病院内で一番の古顏となつたかはりに、私は思の外だんだん快くなつて行つた。

もう春も近づいた。青い澄んだ空は、それをまじまじと眺めてゐる私に眩しさを教へる。さうしてついとその窓を掠めて行く何鳥かの羽裏がちらりと光る。私はむくむくと床をぬけ出して、そのぢぢむさい姿を日向に曝し、人並に、否病めるが故に更により多くの日光を浴びようと端近くにじり出る。或は又新しい心のあぢはひを搜しに、ぶらりぶらりと長い廊下を傳つて行く。たとへば長い間寢ながら眺めてゐた向側の病室の前を歩いて見る事、または階下に降りて見るたのしみ、幾月かの間あこがれてゐた土を踏んでみる事の愉悦、しかしそれらの事が毎日とどこほりなく行はれなければこそ、その期待のたのしみは續く……蝸牛は木の葉のゆらぎにでもその觸角を殼の中に閉ぢ込めなければならない。かくして私もある日は部屋に閉ぢて、しづかにその障害の去るのを待ちつつ横るのである。それは大抵わづかではあるが、熱とそれから胸部のいたみとのためであつた。

けれども月日は私の元氣に後楯をした。診察室の前の大鏡に映る、ひつつめ銀杏の青白い顏は、日に日に幾らかづつ色を直して行つた。長い間には病院の内も外も私の散歩になれて、新しい感味が單純な頭を喜ばす事は少くなつた。それでもなほたつた一人の無聊さに――ある時はそれが無上にやすらかで嬉しかつたけれど――歩きなれた廊下をぶらりぶらりとあてもなく私は病室を出かけて行く。

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