四十余日
本文約13,300字 ・ 読了時間 約27分
あらすじ(AIが作成しました)
山サの店で産後の肥立ちが悪く、高熱に苦しむお勝を巡り、家族や周囲の人々が翻弄される日々を描く。産後の病床にある姉を支える妹のお芳は、看病による過労や厳しい冬の寒さに耐えながら、自身の運命や家庭の在り方について思索を深めていく。不穏な空気の中で家族間の感情が時に衝突しつつも、四十余日にわたる懸命な介護の末に、ようやくお勝の容体が回復に向かうまでの家庭の光景を写実的に描き出す。
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一
炬燵にうつ伏したまゝになつてゐて、ふと氣がついてみると、高窓が青白いほど日がのぼつてゐた。びつくりして飛び起きてお芳はそこらを見廻した。子供の聲やら荷馬車の轍の音やら、表どほりはもうがやがやしてをるらしいのに、店の者もまだ前後不覺に寢入つてゐる。清治といふ小僧の名を二聲ばかり呼んで、お芳はぐづぐづになつた帶を解いてきりつと着物の前を合した。二人の醫者の馬乘提燈が相前後して山サのくゞりを出て、曉近い街に南と北と分れてから一時間程して皆やうやう寢床に入つたのだ。何かと後の始末をしてゐた産婆が、襷をはづして一まづ暇を告げた時には、母親もお芳も少からず心細く思はれたが、二晩一日看護に疲れた人を、さういつまでも引きとめて置くわけにはいかないので、一寢入して夜が明けたら、また見舞つてくれるやうにとくれぐれも頼んだ。心もとなささうに座敷をのぞいてはうろうろ寢もやらずにゐるお芳を、母親は一寢入するやうにとすゝめて、自分も掻卷を着て娘の枕許を衞つた。――二三時間前の恐しいさわぎを思ひ出すと、うめき聲がまだ耳についてゐるやうな氣がする。臺所に來て見ると、ゆうべ夜食に出した玉子の殼が皿の上にそのまゝになつてゐた。お茶のかはりにと店の棚から持つて來て口を切つた正宗の壜が、底の方に黄色い色を殘して、それも隅の方に押しやられてある。お芳は一人で厨のことをしなければならなかつた。
赤兒が無いと肥立が惡い、それに並はづれて骨を折つたのだものと、母親はひどく産後を氣づかつた。それも無理はなかつた、一年ばかり措いて前に一度同じやうな産のくるしみをして、二月ばかり床をはなれることができなかつたのだ。
清治がむかへに行つて、千藏といふ出入の越後者の爺が來た。産婦の眠つてる間にそつと白木の小さな箱を縁に出して、繩をかけて爺はそれを背負つた。母親はその上に赤い裏のついた着物をかけた。見えないやうにと爺はその上に蓑を着て、羽織をひつかけた宗三郎は、一把の赤い線香を袂に入れて先に立つた。
午後になつて産婆が來て、するべき手當をしてから檢温器をかけた。