本文へ移動
TORENDIA

日の光を浴びて

本文約3,300字 ・ 読了時間 約7分

あらすじ(AIが作成しました)

草津の地で療養生活を送る病床の女性は、冬の日の光を浴びながら静かに思索を深める。窓から差し込む日光の暖かさに生の実感を抱きつつ、夜には激しい吹雪と向き合い、自らの人生のあり方と死生観を見つめ直す。小松が朝日に輝く光景に接した際、自身の存在がこの世から消えた後も光は変わらず世界を照らし続けることに想いを馳せ、ありのままの生を肯定して涙を流す内面的な心の移ろいを綴る。

水野仙子

速度
🎧 日の光を浴びて / 朗読音声: VOICEVOX:青山龍星

💰 この本を応援する(投げ銭)

1 / 5

(一)

日は照れど、日は照れど

君を見る日の來なければ

わたしの心はいつも夜

日は照れど、日は照れど

わたしは目盲ひ、耳聾ひ、唖者

君を見もせず、聞きも得ず

「日が照つてゐる……。」

さう呟きながら、私は部屋の隅から枕を巡らして、明るい障子の方にその面を向けた。南向きといふ事は何といふ幸福な事であらう、それは冬の滋養を大半領有する。日の光は今頑固な朝の心を解いて、その晴やかな笑顏のうちに何物をも引きずり込まないでは置かないやうに、こゝを開けよとばかり閉ぢられた障子の外を輝きをもつて打つてゐる。

私はそれに從はないではゐられなかつた。手をのべて、しかしなか/\屆きさうもなかつたので半身を乘り出して、それでも駄目だつたのでたうとう起き上つてまで、障子を左右に開いた。日光は柔かに導かれ、流れた。その光が漸く蒲團の端だけに觸れるのを見ると、私は跼んでその寢床を日光の眞中に置くやうに引いた。それだけの運動で、私の息ははづみ、頬に血がのぼつた。そして暫く枕についてからも皷動が納らなかつた。

「日が照つてゐる……。」

それはほんたうに幸福な事である。けれども……皷動が全く靜まつて、血の流れがもとのゆるやかさにかへつた頃、極めて靜かに歩み寄つて來るもの侘びしさを、私は心に迎へなければならなかつた……それは力の弱い冬の日だからだらうか? 否! どうして彼女の力を侮る事が出來よう。お聞きでないかあのもの靜かな筧の音を。見る通りに雪は眞白く山に積つてゐる。そして日蔭はあらゆるものの休止の姿で靜かに寒く默りかへつてゐる。それだのに同じ雪を戴いたこゝの庇は、彼女にその冷え切つた心を温められて、今は惜しげもなく愛の雫を滴らしてゐるのだ。

(二)

タツ! タツ! タツ! あゝあの音を形容するのはむづかしい、何といふ文字の貧しい事であらう、あれあんなに優しい微妙な音をたてゝゐるのに……。それは如何にも、あの綺麗な雪が溶けて、露の玉になつて樋の中へ轉び込むのにふさはしい音である……轉び込んだ露はとろ/\と響に誘はれて流れ、流れる水はとろ/\と響を導いて行く。

水野仙子の他の作品

同じジャンルの朗読つきの本