半七捕物帳
本文約15,200字 ・ 読了時間 約31分
あらすじ(AIが作成しました)
旗本の息子、杉野大三郎が学問の試験へ向かう道中、供の者から目を離した隙に忽然と姿を消す。神隠しと噂される中、岡っ引きの半七が探索に乗り出す。武家社会のしきたりや風習が色濃く残る江戸を舞台に、半七が複雑に絡み合った人間関係と秘密を紐解き、事件の背景に迫る姿を描く。
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
💰 この本を応援する(投げ銭)
一
「安政三年……十一月の十六日と覚えています。朝の七ツ(午前四時)頃に神田の柳原堤の近所に火事がありましてね。なに、四、五軒焼けで済んだのですが、その辺に知っている家があったもんですから、薄っ暗いうちに見舞に行って、ちっとばかりおしゃべりをして家へ帰って、あさ湯へ飛び込んで、それからあさ飯を食っていると、もうかれこれ五ツ(午前八時)近くになりましたろう。そこへ八丁堀の槇原という旦那(同心)から使が来て、わたくしにすぐ来いと云うんです。朝っぱらから何だろうと思って、すぐに支度をして出て行きました」
半七老人は表情に富んでいる眼眦を少ししかめて、その当時のさまを眼に浮かべるように一と息ついた。
「旦那の家は玉子屋新道で、その屋敷の門をくぐると、顔馴染の徳蔵という中間が玄関に立っていて、旦那がお急ぎだ、早くあがれと云うんです。すぐに奥へ通されると、旦那の槇原さんと差し向いで、四十格好の人品の好いお武家が一人坐っていました。その人は裏四番町に屋敷をもっている杉野という八百五十石取りの旗本の用人で、中島角右衛門という名札をわたくしの前に出しましたから、こっちも式のごとくに初対面の挨拶をしていますと、槇原の旦那は待ち兼ねたように云うんです。実はこの方から内々のお頼みをうけた筋がある。なにぶん表沙汰にしては工合が悪いので、どこまでも内密に探索して貰いたいとおっしゃるのだから、あなたから詳しい話をうかがって、節季前に気の毒だが一つ働いてくれと……。わたくしも御用のことですから委細承知して、その角右衛門という人の話を聞くと、そのあらましはこういう訳なんです」