おきなぐさ
本文約3,400字 ・ 読了時間 約7分
あらすじ(AIが作成しました)
小岩井農場の春、かれ草の中に立つ二本のうずのしゅげは、雲が流れては光が変化する野原で静かに語り合う。時折訪れるひばりと会話を交わし、やがて季節が巡ると、銀毛の房となって風に乗り、北の空へと飛び立っていく。山男や蟻たちも魅了するこの花たちの生涯を通じ、自然の移ろいと魂の行方を叙情豊かに綴った作品である。
💰 この本を応援する(投げ銭)
うずのしゅげを知っていますか。
うずのしゅげは、植物学ではおきなぐさと呼ばれますが、おきなぐさという名はなんだかあのやさしい若い花をあらわさないようにおもいます。
そんならうずのしゅげとはなんのことかと言われても私にはわかったようなまたわからないような気がします。
それはたとえば私どもの方で、ねこやなぎの花芽をべんべろと言いますが、そのべんべろがなんのことかわかったようなわからないような気がするのと全くおなじです。とにかくべんべろという語のひびきの中に、あの柳の花芽の銀びろうどのこころもち、なめらかな春のはじめの光のぐあいが実にはっきり出ているように、うずのしゅげというときは、あの毛科のおきなぐさの黒朱子の花びら、青じろいやはり銀びろうどの刻みのある葉、それから六月のつやつや光る冠毛がみなはっきりと眼にうかびます。
まっ赤なアネモネの花の従兄、きみかげそうやかたくりの花のともだち、このうずのしゅげの花をきらいなものはありません。
ごらんなさい。この花は黒朱子ででもこしらえた変わり型のコップのように見えますが、その黒いのは、たとえば葡萄酒が黒く見えると同じです。この花の下を始終往ったり来たりする蟻に私はたずねます。
「おまえはうずのしゅげはすきかい、きらいかい」
蟻は活発に答えます。
「大すきです。誰だってあの人をきらいなものはありません」
「けれどもあの花はまっ黒だよ」
「いいえ、黒く見えるときもそれはあります。けれどもまるで燃えあがってまっ赤な時もあります」
「はてな、お前たちの眼にはそんなぐあいに見えるのかい」
「いいえ、お日さまの光の降る時なら誰にだってまっ赤に見えるだろうと思います」
「そうそう。もうわかったよ。お前たちはいつでも花をすかして見るのだから」
「そしてあの葉や茎だって立派でしょう。やわらかな銀の糸が植えてあるようでしょう。私たちの仲間では誰かが病気にかかったときはあの糸をほんのすこうしもらって来てしずかにからだをさすってやります」
「そうかい。それで、結局、お前たちはうずのしゅげは大すきなんだろう」
「そうです」
「よろしい。さよなら。気をつけておいで」
この通りです。