殺された天一坊
本文約13,600字 ・ 読了時間 約28分
あらすじ(AIが作成しました)
天一坊と呼ばれる若者が天下を騙そうとした大かたりとして処刑される。奉行は自身の裁きに苦悩し、真実を追い求める若者との対峙を経て、奉行としてのあり方に葛藤する。名奉行として名高い男の栄光と、その裏で抱えた影に焦点を当て、公正とは何か、そして裁きの重圧を綴る。
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
💰 この本を応援する(投げ銭)
一
あれ程迄世間を騒がせた天一坊も、とうとうお処刑となって、獄門に梟けられてしまいました。あの男の体は亡びてもあの悪名はいつ迄もいつ迄も永く伝えられる事でございましょう。世にも稀な大悪人、天下を騙し取ろうとした大かたり、こんな恐ろしい名が、きっとあの男に永く永くつき纏うに違いございませぬ。
私のようなふつつか者が廻らぬ筆をとりましたのも、その事を考えましたからでございます。私からはっきりと申しますれば、あの男こそ世にも愚かな若人なのでございます。けれども決して大悪人ではございませんでした。
ああした不思議な運命に生みつけられた人間はおとなしく此の有難い御治世の、どこかの片隅にじッと暮して行けばよかったのでございましょう。
天一坊は此の世の中というもののほんとうの恐ろしさを知らなかったのでございます。真実の事実を有りの儘に申す事、もっとむずかしく申せば真実と信じた事をはっきりと申すことが、此の世の中でどんなに恐ろしい結果を招くかという事をあの男は存じませんでした。だからあの男は愚者でございます。世にも稀な馬鹿者でございます。
それに、自分の正しく希望してよい事を、はっきりと希望した、というのもあの男の考えが至らぬ所でございました。此の世の中は法というものばかりでは治められぬ。いいえ、時によっては法というものさえも嘘をつくという事を知らなかったのでございましょう。
あの男は気の毒な愚かな、しかし美しい若人でございました。
でも、奉行様が、あの御奉行様でなかったなら、天一坊の運命は他の道を辿ったかも知れないのでございます。あの男があの御奉行様に裁かれなければならなかったのは、取り返しのつかない悲しい事だったに相違ございません。