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TORENDIA

今朝の雪

本文約11,800字 ・ 読了時間 約24分

あらすじ(AIが作成しました)

雪が降った冬の朝、峯子は婚約者が出征中の不在を抱えながら、友人とき子と共同で運営する小さな貸事務所で日々を過ごす。活版屋の軒先から雪解け水が滴るなか、峯子は仕事の予定表や仕事椅子が置かれた粗末ながら愛着のある空間で、互いに自立して生きる決意を新たにする。かつて正二と交わした「外部の条件に左右されず、自らの心に従って生きる」という約束を支えに、峯子は戦時下の厳しい生活のなかで凛と日常を営んでいく。

宮本百合子

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太陽が照り出すと、あたりに陽気な雪解けの音が響きはじめた。

どこかの屋根から小さい地響きを立てて雪がすべり落ちる。いろいろな音いろで、雨だれがきこえはじめ、向いの活版屋の二階庇にせわしないしぶきがとんでいる。昼に間もない時刻の日光が、そちら側の家並を真正面に照らして、しぶきはまわりに小さな虹でも立てそうに輝きながらとび散っている。

夜のうちに降り積って、峯子たちが出勤する頃にはまだ省線のダイヤがふだん通りに動いていなかった今朝の雪も、陽がさしはじめると同時に、笑ってにげ出す子供のように、活溌に家々の棟から辷ったり、溶けたり、余り清潔とも云えないこの界隈の道ばたを流れ走ってせせらいだりしている。

粗末なこの貸事務所の鱗形のスレート屋根の上でも、盛んに雪は解けているのだろう。しかし、とき子のいる窓の側には、夜来の厚みが減ったとも思えない雪の半分ほどまで二階の影をくっきり落して、隣家の下屋根が迫っていた。雪の上の陰翳は、濃く匂うような藍紫の色である。新鮮に凍ってチカチカ燦く雪の肌と、その上に落ちている藍色の影とは峯子に、遠い曠野を被う雪の森厳な起伏と、這う明暗とを想わせた。

峯子の婚約者の塚本正二は出征していて、もう三月ほど前のたよりに、その土地に降った初雪のしらせがあった。科学を専門にしている正二らしく、雪の結晶は東京から数百里を隔ったこの山嶽の間でも、やっぱり同じ形に美しいね、とかいていた。東京は晩秋で、峯子は、正二が留守の秋の夜々の身にしみる思いと、この事務所を持つための用意で緊張した昼間の心持とを、交々に味って日々を送り迎えしている頃であった。

毎日みている街の景色が、そっくりそのまま、きたないものはきたないなりに、まるきりいつもとちがったように目新しい雪の日の眺めは、何とも云えず面白い。いつの冬も、峯子は、雪が待たれた。ぬかるみも、雪どけといえば、許せる心のはずみがあるのであった。

峯子の机の前の窓ガラスに絶えず揺れる雪解水の閃きが映りはじめた。その光線は、雪あけの特別な今日の明るさで一層薄汚さの目立つ天井の一点にうつって、そこで伸びたりちぢんだりしている。

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