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TORENDIA

『東洋美術図譜』

本文約1,900字 ・ 読了時間 約4分

あらすじ(AIが作成しました)

日本の文学的過去に対する乏しいインスピレーションに苦悩する筆者が、友人である滝氏の京都大学での講義に基づき編纂された、建築・彫刻・絵画の図譜を紹介する随筆。西洋の思想が支配する現状に意気地なさを感じていた筆者が、本図譜を通じて日本の過去の美術を再評価し、その特長を自覚することで、いかにして未来の創作活動へインスピレーションを得られるか、また祖先が残した過去を背景として持つことの重要性を論じる。

夏目漱石

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🎧 『東洋美術図譜』 / 朗読音声: VOICEVOX:玄野武宏

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偉大なる過去を背景に持っている国民は勢いのある親分を控えた個人と同じ事で、何かに付けて心丈夫である。あるときはこの自覚のために驕慢の念を起して、当面の務を怠ったり未来の計を忘れて、落ち付いている割に意気地がなくなる恐れはあるが、成上りものの一生懸命に奮闘する時のように、齷齪とこせつく必要なく鷹揚自若と衆人環視の裡に立って世に処する事の出来るのは全く祖先が骨を折って置いてくれた結果といわなければならない。

余は日本人として、神武天皇以来の日本人が、如何なる事業をわが歴史上に発展せるかの大問題を、過去に控えて生息するものである。固より余一人の仕事は、余一人の仕事に違いないのだから、余一人の意志で成就もし破壊もするつもりではあるが、余の過去、――もっと大きくいえば、わが祖先が余の生れぬ前に残して行ってくれた過去が、余の仕事の幾分かを既に余の生れた時に限定してしまったような心持がする。自分は自分のする事についてあくまでも責任を負う料簡ではあるが、自分をしてこの責任を負わしむるものは自己以外には遠い背景が控えているからだろうと思う。

そう考えながら、新しい眼で日本の過去を振り返って見ると、少し心細いような所がある。一国の歴史は人間の歴史で、人間の歴史はあらゆる能力の活動を含んでいるのだから政治に軍事に宗教に経済に各方面にわたって一望したらどういう頼母しい回顧が出来ないとも限るまいが、とくに余に密接の関係ある部門、即ち文学だけでいうと、殆んど過去から得るインスピレーションの乏しきに苦しむという有様である。人は『源氏物語』や近松や西鶴を挙げてわれらの過去を飾るに足る天才の発揮と見認めるかも知れないが、余には到底そんな己惚は起せない。

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