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TORENDIA

虚子君へ

本文約3,400字 ・ 読了時間 約7分

あらすじ(AIが作成しました)

芝居見物という慣れない娯楽に連れ出された語り手が、観劇中の自身の心理状態や違和感を綴る書簡。周囲の観客の様子から抱く不安や、自身の日常とは異なる舞台世界の構造、物語の因果関係に対する理屈っぽい考察、あるいは色彩へのこだわりを詳細に記述する。娯楽の場での疎外感に悩みつつ、舞台という人造世界に対し、独自の分析と批評の眼差しを向ける様子を描く随筆。

夏目漱石

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🎧 虚子君へ / 朗読音声: VOICEVOX:雨晴はう

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昨日は失敬。こう続けざまに芝居を見るのは私の生涯において未曾有の珍象ですが、私が、私に固有な因循極まる在来の軌道をぐれ出して、ちょっとでも陽気な御交際をするのは全くあなたのせいですよ。それにも飽き足らず、この上相撲へ連れて行って、それから招魂社の能へ誘うと云うんだから、あなたは偉い。実際善人か悪人か分らない。

私は妙な性質で、寄席興行その他娯楽を目的とする場所へ行って坐っていると、その間に一種荒涼な感じが起るんです。左右前後の綺羅が頭の中へ反映して、心理学にいわゆる反照聯想を起すためかとも思いますが、全くそうでもないらしいです。あんな場所で周囲の人の顔や様子を見ていると、みんな浮いて見えます。男でも女でもさも得意です。その時ふとこの顔とこの様子から、自分の住む現在の社会が成立しているのだという考がどこからか出て来て急に不安になるのです。そうして早々自分の穴へ帰りたくなるんです。

そのときはまだ好いが、次にきっと自分も人から見れば、やっぱり浮いた顔をして、得意な調子をふりまわしているんだろうと気がつくのです。そうするといかにも自分に対して面目なくなります。その次には、自分の浮気や得意はこの場限りで、もう少しすると平生の我に帰るのだが、ほかの人のは、これが常態であって、家へ帰っても、職務に従事しても、あれでやっているんだと己惚れます。すると自分はどうしてもここにいるべきではないとなる。宅へ帰って、一二時間黙坐して見たいなんて気が起ります。

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