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TORENDIA

学者と名誉

本文約1,800字 ・ 読了時間 約4分

あらすじ(AIが作成しました)

木村博士が「木村項」を発見し、学士会院の表彰によって一躍著名になった出来事を起点に、科学界に対する一般社会やメディアの無理解を論じる。特定の功績のみが過度に注目されることで、他の科学者たちが不当に無視される状況が生まれると指摘する。表彰という名誉が結果として他の学者への屈辱となり、科学者の評価に対する社会的な不公平さと、学術的権威による表彰のあり方に潜む道義的な問題を鋭く批判する。

夏目漱石

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🎧 学者と名誉 / 朗読音声: VOICEVOX:玄野武宏

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木村項の発見者木村博士の名は驚くべき速力を以て旬日を出ないうちに日本全国に広がった。博士の功績を表彰した学士会院とその表彰をあくまで緊張して報道する事を忘れなかった都下の各新聞は、久しぶりにといわんよりはむしろ初めて、純粋の科学者に対して、政客、軍人、及び実業家に譲らぬ注意を一般社会から要求した。学問のためにも賀すべき事で、博士のためにも喜ばしき事に違ない。

けれども今より一カ月前に、この木村博士が何処に何をしているかを知っていたものは、全国を通じて僅か百人を出ぬ位であったろう。博士が忽然と著名になったのは、今までまるで人の眼に触れないで経過した科学界という暗黒な人世の象面に、一点急に輝やく場所が出来たと同じ事である。其所が明るくなったのは仕合せである。しかし其所だけが明るくなったのは不都合である。

一般の社会はつい二、三週間前まで博士の存在について全く神経を使わなかった。一般の社会は今日といえども科学という世界の存在については殆んど不関心に打ち過ぎつつある。彼らから見て闇に等しい科学界が、一様の程度で彼らの眼に暗く映る間は、彼らが根柢ある人生の活力の或物に対して公平に無感覚であったと非難されるだけで済むが、いやしくもこの暗い中の一点が木村項の名で輝やき渡る以上、また他が依然として暗がりに静まり返る以上、彼らが今まで所有していた公平の無感覚は、俄然として不公平な感覚と変性しなければならない。これまではただ無知で済んでいたのである。それが急に不徳義に転換するのである。問題は単に智愚を界する理性一遍の墻を乗り超えて、道義の圏内に落ち込んで来るのである。

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