一
煉瓦工場からは再び黒煙が流れ出した。煤煙は昼も夜も絶え間なく部落の空を掩包んだ。そして部落中は松埃で真黒に塗潰された。わけても柳、鼠梨、欅などの樹膚は、何れとも見分けがたくなって行った。桐、南瓜、桑などの葉は、黒い天鵞絨のように、粒々のものを一面に畳んだ。
雨が降ると黒い水が流れた。何処の樹木にも黒い雀ばかりだった。太陽は毎日毎日熱っぽく煤ばんで唐辛子のような色を見せた。作物は何れもひどく威勢を殺がれた。殊にも夥しいのは桑の葉の被害だった。毎朝、黝んだ水の上を、蚕がぎくぎく蠢めきながら流れて行った。
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「――俺家の鶏ども、白色レグホンだって、ミノルカだって、アンダラシャだって、どいつもこいつも、みんなはあ、黒鶏みてえになってるから。」
「何処の家のだって同じごった。俺家の鵞鳥を見てけれったら。何処の世界に黒い鵞鳥なんて……。俺は、見る度に、可笑しくてさ。」
「雪のように白かったけがなあ!」
「俺はな、ほんでさ、西洋鵞鳥! 西洋鵞鳥! って徇れて、一つ、売りに行って見べえかと思ってるのだけっとも。」
「儲かっかも知れねえで。黒い鵞鳥! って言ったら、町場の奴等は珍しがんべから。」
「何んて言っても、腹の立つのあ、権四郎爺さ。」
「うむ。部落のためにゃあ、あの爺なんか、打殺して了めえばいいんだ。」
路傍の堤草に腰をおろして、新平と平吾とは、斯んな話をしていた。其処へ、同じ部落の松代が通りかかった。松代は、ひどく色の黒い娘だった。
「やあい! 松代さん。シャボン買いか? シャボンよりもいいもの教えっから、少し休んで行げったら。あ、松代さん。」
「余計なお世話だよ! 平吾さん。他人のごと心配するより、自分のどこの鵞鳥でも洗ってやったらよかんべね。」
松代は応酬しながら寄って行った。
「俺家の鵞鳥、西洋鵞鳥だもの、烏と同じごって、幾ら洗ったって、白くなんかなんねえのだ。松代さんのように、地膚が白くて、洗って白くなんのなら、朝晩欠かさず洗ってやんのだげっとも。」
「知らねえど思って、何んぼでも虚仮ばいいさ。何処の世界に、黒い鵞鳥だなんて……」
「嘘だってか? 西洋鵞鳥って、おめえ、随分と高値のするもんだぞ。」