機関車
本文約5,700字 ・ 読了時間 約12分
あらすじ(AIが作成しました)
温泉地の駅を終点とする終列車の機関士・吉田は、現地の遊廓に勤める女性と五日ごとの訪問を重ね、互いに親密な関係を築く。結婚を機に吉田が別れを告げた後、女性は再び過酷な生活へ戻る不安と孤独に襲われる。彼女は吉田の姿を一目見ようと線路へ向かい、そこで列車による予期せぬ事態に遭遇する。社会の理不尽な構造の中で生きる二人の男女の姿を通し、労働者たちの過酷な現実と無常な運命を描く。
💰 この本を応援する(投げ銭)
一
その線は、山脈に突き当たって、そこで終わっていた。そしてそのまま山脈の貫通を急がなかった。
山脈の裾は温泉宿の小さい町が白い煙を籠めていた。停車場は町端れの野原にあった。機関庫はそこから幾らか山裾の方へ寄っていた。温泉の町に始発駅を置き、終点駅にすることは、鉄道の営業上から、最もいい政策であったから。
終列車を牽いて来た機関車はそこで泊まった。そして翌朝の最初の列車を牽いて帰って行った。
終列車の機関車には、大抵、若い機関手が乗って来た。そして同じ顔が、五日目毎ぐらいの割に振り当てられていた。それは若い独身の機関手達の希望からであった。その出張費が、ちょうど、温泉の町での、一晩の簡単な遊興を支えることが出来たから。
二
吉田は終列車組の若い機関手であった。
併し吉田は、温泉の町の遊廓へ、出張費を持って行くことが殆んどなかった。彼は出張費の大半で新しい本を買うことにしているのであった。
「吉田! てめえ、いい歳をして、よく我慢していられるなあ? ピストン・ロットに故障でもあんのかい?」
仲間の機関手達はそんな風にいうことがあった。
「馬鹿いうな! 故障なんかあるもんか。僕は、てめえ等のように、やたらと蒸気を入れねえだけのことさ。」
吉田は口尻を歪めるようにして、軽く微笑みながら、そんな風にいった。
「だからさ。たまには無駄な蒸気も入れて、ピストン・ロットぐらいは運転させなくちゃ、人間として、機関車の甲斐がねえじゃないか?」
「僕は第一、機関車だけで運転するっていうようなことが嫌なんだ。まして、ピストン・ロットを動かしたいだけのことで、わざわざあんなところまで行くのは嫌なんだ。」
要するに吉田は、女性を単なる快楽の対象として取り扱うのが嫌な気がするのであった。何かしらそこに相互的な関係を考えずにはいられなかった。
三
機関庫裏には、滝の湯の方への、割合に平坦な路が一本うねっていた。吉田は機関庫の宿直室からぬけて、よくそこへ散歩に出て行った。