本文へ移動
TORENDIA

季節の植物帳

本文約4,500字 ・ 読了時間 約10分

あらすじ(AIが作成しました)

季節の植物帳は、植物の形態や色彩といった科学的な側面を超え、所生の境遇や季節との関係性の中で、人々が抱く詩的な感情や美的感覚に触れる草花の姿を綴る。厳冬の残雪に咲く福寿草のあどけなさや孤独への寄り添い、早春に一輪ずつ綻ぶ梅の節くれだった老樹の風格、古池に浮かぶ睡蓮の少女のような可憐さと衰滅の美について、自然と人間の関わり合いを主軸に描き出す随筆である。

佐左木俊郎

速度
🎧 季節の植物帳 / 朗読音声: VOICEVOX:九州そら

💰 この本を応援する(投げ銭)

1 / 6

序言

植物のもつ美のうちで、最も鋭く私達の感覚に触れるものは、その植物の形態や色彩による視覚的美であろう。それから嗅覚的美、味覚的美といった順序ではないかと思う。併し、私達の心の中のロマンチストは、その伝説を聞き、名称の持つ美から、未知の植物に憧れることが少なくない。そしてまた私達のセンチメンタリストは、廃墟に自然が培う可憐な野草に、涙含ましい思いを寄せることがある。

○

植物の生理的作用は、その形態と色とによって植物体の美を表現する。深緑の葉、真紅の花、さては薄紫の色に、或いは淡紅色に…… そして春の野は緑に包まれ、夏の森林は深緑がしたたり、秋の林は紅葉の錦を纏う。落葉樹が寒風に嘯き早春の欅の梢が緑の薄絹に掩われるのも、それは皆すべて植物の生理的必然の作用に他ならない。

*

併し、私達の詩的感情は、何が故にと、その植物固有の、所生や境遇や季節による生理的必然の作用としての生理的変化を探究しようとするのではない。私達はその科学的見地から離れて、それらとりどりの植物が、いつの季節に、いかなる境遇において、最も強く私達の美的感覚に触れるかを、その所生の境遇と外囲の関係とにおいて、その植物固有の美的表示を知ろうとするだけである。

○

例えば、菌、苔、藻草のような植物でも、その所生の境遇と外囲の関係とによって初めて私達の詩的感覚を打つのである。樅、落葉松、栂などのように、深山に生ずる植物は、深山の風景に合わせて見なければ趣が少ない。柳、蓼、蘆などのように、水辺の植物は水に配合して眺めなければその植物の美的特徴を完全に受け取ることは不可能と言っていい。その他、丘陵、高山、原野、沼沢、砂地、海辺、田圃、河畔、庭園など、その土地に在る植物の美を知るには、その植物それぞれの所生の状態、季節や気象に伴うて現わす変化、又は花と昆虫、或いは果実と鳥との関係というように、一々その自然との関係に就いて観察する必要があると思う。

福寿草

佐左木俊郎の他の作品

同じジャンルの朗読つきの本