馬
本文約7,200字 ・ 読了時間 約15分
あらすじ(AIが作成しました)
子供の頃から馬を熱望する伝平は、日傭いで稼いだ金で老耄馬を買い入れ、献身的に世話をする。やがて徴兵で馬の知識を得た彼は、部落で馬の医者として慕われ、伯楽と呼ばれるようになる。その後、亡き弟の面影を重ねる新たな馬を飼い始めた伝平は、馬を過剰に慈しむあまり使役することをためらう。ある日、薪運びに馬を連れ出した伝平は、崖から墜落する馬の手綱に引きずられ、共に谷底へ転落する悲劇的な運命をたどる。
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伝平は子供の頃から馬が好きだった。
「お父う! 俺家でも馬一匹飼わねえが? どんなのでもいいがら。」
伝平はそう口癖のように言うのだった。
「馬か? 濠洲産の駒馬でもなあ。早ぐ汝が稼ぐようになって飼うさ。」父親はいつもそう言うだけであった。
「馬一匹飼って置くといいぞ。堆肥はどっさり採れるし、物を運ぶのにも楽だし……」
「そんなごとは汝に言われねえでも知ってる。併し、馬飼うのにあ、馬小屋からして心配しなくちゃなんねえぞ。早ぐ汝でも稼ぐようになんなくちゃあ、馬など、飼われるごっちゃねえ。」
父親は、赤爛れの眼を擦りながら、そんな風に言うのであった。
併し、伝平は馬を諦めることが出来なかった。伝平は父親の眼を偸むようにして[#「偸むようにして」は底本では「倫むようにして」]、他家の飼い馬の、飼料を採って来てやったり、河へその脚を冷やしに曳いて行ってやったりするのであった。部落の人達も、植付期とか収穫期とかの、農繁期になると、子供の馬方で間に合うようなときには、伝平をわざわざ頼みに来た。
*
伝平が稼ぐようになってからも、伝平の家では、馬を飼うことなどはとても覚束なかった。僅かばかりの田圃を小作しているのであったが、それだけではどうにも暮らしがつかないので、伝平はよく日傭に出された。そして伝平は、雀が餌を運ぶようにして、三十銭五十銭と持って帰るのであったが、その端金はまるで焼け石へじゅうじゅうと水を滴らすようなものであった。
「お母あ! 俺が日傭で取って来た銭だけは蓄めでてけれ。馬を買うのだから。」
伝平はそんな風に言うのだった。
「蓄めで置きてえのは山々だどもよ。ふんだが、馬を買うのにあ、三月も四月も、飲まず食わずに稼がなくちゃなんめえぞ。馬も欲しいが、生命も欲しいから、なんとも仕方ねえよ。」