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TORENDIA

駈落

本文約6,200字 ・ 読了時間 約13分

あらすじ(AIが作成しました)

山村に住む娘の菊枝は、病身の祖母や老いた祖父を養うために過酷な労働を強いられている。ある日、念願のパラソルを買い与えられたことを機に、彼女は密かに交際する豊作との駆け落ちを決意する。周囲の期待とは裏腹に、菊枝は家業を捨てて新しい人生を求めて村を後にしようとするが、豊作が一人で東京へ逃げ出したという噂が流れ、菊枝の運命は揺れ動くことになる。農村の閉塞感の中で、自身の人生を切り開こうとする若者たちの葛藤と苦悩を描く作品である。

佐左木俊郎

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🎧 駈落 / 朗読音声: VOICEVOX:玄野武宏

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一

朝日は既に東の山を離れ、胡粉の色に木立を掃いた靄も、次第に淡く、小川の上を掠めたものなどは、もう疾くに消えかけていた。

菊枝は、廐に投げ込む雑草を、いつもの倍も背負って帰って来た。重かった。荷縄は、肩に焼け爛れるような痛さで喰い込んだ。腰はひりひりと痛かった。脛は鍼でも刺されるようであったし、こむらは筋金でもはいっているようだった。顔は真赤に充血して、額や鼻や頬や、襟首からは、汗がぽたぽたと滴り落ちた。

「ああ、重かったちゃ。俺あ!」

こう言って菊枝は、その雑草と一緒に、馬小屋の前に仰向きに身体を投げ出した。ほつれ下がった髪が、ぺったり顔にくっついていた。

「ああ、暑々。」

菊枝は身体を投げ出したまま、背負っている草の上に、ぐったりとなって、荷縄も解かずに、向こう鉢巻きにしていた手拭いを取って顔や襟首の汗を拭った。

婆さんが、裏の畑から、味噌汁の中に入れる茄子をもいで、馬小屋の前に出て来た。春からの僂麻質斯で、左には松葉杖をついていた。

「おう、おう、重かったべさ。二人めえもあっちゃ。」

蒼白い皺だらけの顔に、婆さんは、鷹揚な微笑を浮かべて、よろこびの表情を示した。

「俺あ、ほんとに腰骨折れっかと思った。眼さ、汗は入えっし……」

「うむ重かったさ。――それにしても、よくこんなに刈れだで。」

「なあに、あの……」と菊枝は、語尾を濁した。

実際、菊枝は、こんなに多くの草を刈って帰って来たことは無かった。いつも彼女の刈って来る量は、一回投げ込むだけのものであった。だから、午に投げ込むのと、夕方のとは、彼女の爺さんが、一日がかりで刈ることになっていた。併し、今朝は、彼女は不思議にも、いつもの二倍も刈って帰って来た。

「これなら婆さん、今朝は、半分やっていがんべ?」と彼女は、濁しかけた言葉を巧みに言い更えた。

「いいども、爺つあんはあ、なんぼか悦ぶべ。」

「ああ、暑かった。」

菊枝は、もう一度こう言って、まだ赤くなっているその顔を、手で拭きながら、婆さんと一緒に馬小屋の前をはなれた。

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