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TORENDIA

文学における今日の日本的なるもの

本文約9,800字 ・ 読了時間 約20分

あらすじ(AIが作成しました)

『文学界』の座談会にて、作家たちの生活や作品が現代の読者から乖離しているという危機感が表明される。文学に大衆性や指導力を求める議論の中で、作家の一部は万葉や王朝時代の精神に日本的なるものを追求する。しかし、社会情勢の変遷とともに知識人や文学者の苦悩が深化する現状を指摘し、現代の作家が真に求めるべき精神的拠りどころや、民衆の生活と文学がいかにあるべきかを改めて問い直す文芸評論である。

宮本百合子

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この間、『朝日新聞』であったか、『読売新聞』であったか、文芸欄に、座談会についてのモラルという文章があった。座談会の席上では勝手な熱をふいてかきまわしておきながら、記事になるときはすっかりそれを削ってしまうようなことがあったりしてはよろしくないという点を云っていた。座談会の常識としては、他にいくつかのことが考えられるであろうが、その一つとして、謂わば自分のうちの座敷へひとをよんでおいて、そこが自分のうちだというその場の気分的なものから妙に鼻ぱしをつよくして座談会の席上に嘲弄的、揶揄的口調を弄ぶようなことがあるとしたら、それも見っともないことの一つではないであろうか。

『文学界』(二月)の座談会は一種の印象を与えた。ある箇所で気分的に亢ぶったようなものがあると思うと、最後は、落語の下げのような文句が云われて問題は出発点へ逆もどりしたまま、おやかましゅう、とお開きになった形であった。語る人々の内的な混乱や堂々めぐりがそのままに示されている点で、様々の問題を与えていた。

昨今作家の生活、作品が現代一般人の生活から浮き離れ読者の関心を失って来ているということの文壇人自身による自覚と、それに対する対策とがこの座談会でも真先に語られている。林房雄氏は、真面目な文学者評論家は当今意識的に文壇を離れたがっている、と云い、岸田国士氏は文壇が重荷になっている、と明言しておられる。そして、文学が大衆性とか指導力とかを持つようになるためには、実業家・官吏・軍人等の真面目な要求と共通するものを文壇における中心問題として二年でも三年でも提唱しつづけるということが我々の義務であるという林氏の結論が出されている。

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