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TORENDIA

一九四六年の文壇

本文約27,200字 ・ 読了時間 約55分

あらすじ(AIが作成しました)

一九四六年、日本の民主化過程にある歪みや困難と、それに伴う文学状況を論じる。戦後の混乱とジャーナリズムの影響下で、民主的な文学確立を模索する中で生じる作家たちの混乱や、社会主義的リアリズムの理解といった課題について、自身の報告をもとに綴る。

宮本百合子

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序

昨年十月から今年の十月まで一年が経ちました。その間にはずいぶんいろいろのことがございました。昨年の八月以後、私どもが新しい人間性の確立と民主的な社会生活の確立、それに応じた文学の方向の確立とを求めて動きだした当時から今日までの経過の中には、はじめのころ私どもの、単純かもしれなかったけれども初々しい希望に満ちた心持が、さまざまの関係のうちに変化をうけてきてもいるわけです。一般情勢の変化といわれるわけですが、その移り変りのうちにも一年のはじめの四分の一、つまり一月から三月くらいまでと、それから今日にいたるまでの間には非常に変化が現れました。その根本は日本の民主化の課題が、現実にどう進展しつつあるかということと、きっちり結ばれているわけです。先ほど中野重治さんが「反動文学との闘争」に関する報告の中で、たいへんわかりよく概括していられたように、日本の民主化はけっしてすらすら行われておりません。良心的に行われていません。正直にも行われていません。政府は自身の権力を保持したいために、私ども日本人すべてが持っている新しいいろいろの可能性へのきりかえを、非常に嫌っています。それはこんどの憲法を見てもよくわかることですけれども、ああいう「主権在民」の中途はんぱな扱いかたは、私どもが民主を求めて生きている感情に直接影響してきています。

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