「道標」を書き終えて
本文約7,200字 ・ 読了時間 約15分
あらすじ(AIが作成しました)
「道標」は、「伸子」から始まる長篇の続篇として『展望』に連載された。第一部から第三部まで執筆される中で、作者は自身の闘病と治療を並行させながら、日本の社会主義リアリズムの可能性を模索する。本作は、半封建的な家族制度や現代の人間関係の諸課題を捉え、歴史の現実の中で人間性を復活させようと闘う新しい人間像の再現を試みる。作者は、自身の文学的努力を通じて、書かれるべき人間理性の物語を追求し、歴史の証左となる文学を目指す。
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「道標」は、「伸子」から出発している「二つの庭」の続篇として、一九四七年の秋から『展望』誌上にかきはじめた。第一部、第二部、第三部とずっと『展望』にのせつづけて一九五〇年十月二十五日に、ひとまず三つの部分をおわった。
一つの雑誌が、あしかけ四年かかって、ほぼ三千枚の小説を連載しきったということは、風変りな仕事であった。一部の終るごとに、わたしは弱気になって、編輯者の重荷になりはしまいかと心配したが、編輯の方では、ほかの雑誌ではしない仕事としてやっているのだからかまわないということで、とうとう第三部までのせ終った。第二部をかきはじめるころ、『新日本文学』にのせたいという話が出て、『展望』も新日本文学へならば異存をいうすじもないという考えだったし、わたしももとより異議なかった。しかし、その話は、立ち消えて、やはり同じ誌上につづけられそこで終結した。
第一部は、健康の最もわるい時期から書きはじめた。四七年の夏八月はじめに「二つの庭」を書き終ったとき、血圧が高まり、五年前に夏巣鴨の拘置所のなかでかかった熱射病の後遺症がぶりかえしたようになった。視力が衰えて、口をききにくくなって来た。仕方がなくなって、友人の心づかいで急に千葉県の田舎へ部屋がりをした。そして、その友人に日常の細かい親切をうけながら、九月はじめから、一日に一時間ずつときめて、一枚一枚半という風に「道標」第一部に着手した。五〇年の十月末に第三部を書きあげるまで、わたしの生活では治療と執筆とが併行した。
「道標」は、第一部第二部と、第三部との間にある特殊な変化がある。第一部第二部をとおして、女主人公は、ソヴェト同盟の日常生活というも{以下欠}