本文へ移動
TORENDIA

漁村の婦人の生活

本文約3,200字 ・ 読了時間 約7分

あらすじ(AIが作成しました)

房州や湘南といった土地における、漁村の婦人の生活のあり方を論じる。海に働きに出る男性を支える女性の受動的な経済状態や、荒々しい自然と向き合う中で抱える特有の不安、また社会的な進取の態度の欠如について触れる。さらに、漁業の合理化や女子漁民道場の設立といった方策をめぐり、漁村における生産体制の改善や、女性が果たすべき役割と教育のあり方について検討し、漁村婦人の生活向上という課題を広く日本の社会背景の中で考察する。

宮本百合子

速度
🎧 漁村の婦人の生活 / 朗読音声: VOICEVOX:もち子さん

💰 この本を応援する(投げ銭)

1 / 4

随分昔のことであるけれども、房州の白浜へ行って海女のひとたちが海へ潜って働くのや天草とりに働く姿を見たことがあった。

あの辺の海は濤がきつく高くうちよせて巖にぶつかってとび散る飛沫を身に浴びながら歌をうたうと、その声は濤の轟きに消されて自分の耳にさえよくきこえない。雄大な外洋に向って野島ケ崎の燈台が高く立っている下の浜辺にところどころ燃き火をして、あがって来た海女のひとたちのひとむれが体を温めたりしていた。燃き火のまわりで、子供におっぱいをやっているひともあったりして、そのきっちりと手拭でくくられた頭の上に大きい水中眼鏡がのっている。天草とりの日の浜じゅうの大さわぎや、大きい天草のたばをかついで体を二つに曲げて運んでいる女の活動も、思い出されて来る。

湘南あたりの浜で、漁船が出てゆくときまたかえって来たとき、子供もいれてそのまわりに働く女の様子も印象にきざまれている。

ヤアヤアというような懸声で舟のまわりにとりついてそれを押し出してゆくときの海辺の妻や娘たちの声々。それからまた西日が波にきらめいているような時刻、黙って一生懸命な顔で、かえって来た舟を海から陸の砂へ引き上げようと力を出して働いているときの女たちの姿。

何しろ対手がひろい海、力のつよい海だから海辺の女の動きも大きくて活溌で、農村の女の身ごなしとはまるでちがう逞しさが感じられるのである。

けれども、海に働く人々の妻や母や娘たちは、ひととおりでない心配や悲しみにもおかれていると思う。自然の力に対して戦ってゆかなければならないことは、農村のひとも海のひとも同じだけれど、そこに働く人が毎日さらされている命の危険は、海と農村とではくらべものにならないだろう。西洋でもそれは同で、漁夫の家庭のめぐり会う悲しみを描いた名画や、それでも海の子はやっぱり海へとひかれてゆく物語には、いくつも立派なものがある。

宮本百合子の他の作品

同じジャンルの朗読つきの本