一
「浜、雪は積ったか」
炬燵に仮睡していた机竜之助は、ふと眼をあいてだるそうな声。
「はい、さっきから少しもやまず、ごらんなされ、五寸も積りました」
「うむ……だいぶ大きなのが降り出した」
「大きなのが降ると、ほどなくやむと申します」
「この分ではなかなかやみそうもない、今日一日降りつづくであろう」
「降っているうちは見事でありますが、降ったあとの道が困りますなあ」
「あとが悪い――」
竜之助は横になったまま、郁太郎に乳をのませている差向いの炬燵越しにお浜を見て、
「あとの悪いものは雪ばかりではない――浮世のことはみんなそれじゃ」
今日は竜之助の言うことが、いつもと変ってしおらしく聞えます。
「ホホ、里心がつきましたか」
お浜は軽く笑います。
「どうやら酒の酔もさめかけたような――」
竜之助はまた暫らく眼をつぶって、言葉を休めていましたが、
「浜、甲州は山国なれば、さだめて雪も積ることであろう」
「はい、金峰山颪が吹きます時なぞは、わたしの故郷八幡村あたりは二尺も溜ることがありまする」
こんなことを途切れ途切れに話し合って、雪を外に今日は珍らしくも夫婦の仲に春風が吹き渡るように見えます。
悪縁に結ばれた夫婦の仲は濃い酒を絶えず飲みつづけているようなもので、飲んでいる間はおたがいに酔の中に解け合ってしまいますけれども、それが醒めかけた時はおたがいの胸にたまらないほどの味気なさが湧いて来ます。その故に或る時は、二人の間に死ぬの生きるのというほど揉め出すかと思えば、或る時は水も洩らさぬほどの親しみが見えるのです。
「坊は寝たか」
「はい、すやすやと寝入りました」
「酒はまだあるか」
「まだありましょう」
「こう降りこめられては所在がない、また酒でも飲んで昔話の蒸し返しでもやろうかな」
「それが御無事でござんしょう」
お浜は寝入った郁太郎を、傍にあった座蒲団を引き寄せてその上にそっと抱きおろし、炬燵の蒲団の裾をかぶせて立とうとすると、表道で爽やかな尺八の音がします。
「ああ尺八……」