TRENDIA CLASSIC

大菩薩峠

中里介山

1 / 43

天誅組がいよいよ勃発したのは、その年の八月のことでありました。十七日には大和五条の代官鈴木源内を斬って血祭りにし、その二十八日は、いよいよ総勢五百余人で同国高取の城を攻めた日。その翌日、十津川へ退いて、都合二千余人で立籠った時の勢いは大いに振ったもので、この分ならば都へ攻め上り、君を助けて幕府を倒すこと近きにありと勇み立ち、よく戦いもしたけれど、紀州、藤堂、彦根、郡山、四藩の大兵を引受けてみて、力が足りないのは是非もないことでした。

侍従中山忠光は浪花へ落ち、松本奎堂、藤本鉄石、吉村寅太郎らの勇士は、或いは戦死し、或いは自殺して、義烈の名をのみ留めた――十津川の乱の一挙は近世勤王史の花というべく、詳しく書けば、ここにまた一つの物語を見出されようけれども、それはここに必要を認めず。いよいよ、これらの一味の者が散々になって、或る者は伊勢路へ、或る者は紀州領へ、或る者は大阪方面を指して、さまざまに姿を変えて落ちた後のことであります。

鷲家口の戦いから落ち延びた十一人の浪士が、木にも草にも心を置いて風屋村というところへさしかかって、

「ああ、水が飲みたい」

「水が欲しい」

村とはいうものの、ここは十津川郷の真中で名にし負う山また山の間です。十津川の沿岸を伝うて行けばなんのことはないのですけれども、四藩の討手が、残党一人も洩らすまじと、夜となく日となく草の根を分けている際ですから、それはできませんでした。

大日ヶ岳へ連なる山々を踏みわけて、木の繁みを潜り潜り歩いて行くのだから、水にも遠くなる。水、水というけれども、木莓一株を見つけ出してさえ、十一人の眼の色が変るくらいですから、その腹の応えは思いやらるるのです。

「川岸まで戻ってみようか」

眼を見合せて惨澹たる面の色。

「それはよせ、さいぜん鉄砲の音が聞えた。拙者の考えでは、これをずっと向うへ横に切って、紀州の日高郡をめざすが無事だと思う」

「道程は……」

「風屋――小森――平松――三本磯と行って、紀州日高郡の竜神へ凡そ十三里」

「その間の兵粮は……」

「さあ、それが……」

一同は口を噤んで足が動かない。

「おのおの方、あれを見られよ、煙が棚引いている」

中里介山の他の作品