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TORENDIA

大菩薩峠

本文約50,600字 ・ 読了時間 約102分

あらすじ(AIが作成しました)

大津の宿屋に滞在する機竜之助は、隣室で心中を図った男女の悲劇に立ち会う。京都へ向かう機は、乱世の騒乱の中で様々な人々を避けつつ流浪し、あるときは盗賊の疑いをかけられ、あるときは七兵衛にその行方を追われる。やがて長谷寺の籠堂に辿り着いた機は、己の運命を背負いながら夜を明かそうとする。幕末の動乱を背景に、孤独な剣客が各地を巡りながら運命の波に翻弄される姿を描く物語である。

中里介山

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一

昨日も、今日も、竜之助は大津の宿屋を動かない。

京都までは僅か三里、ゆっくりとここで疲れを休まして行くつもりか。

今日も、日が暮れた。床の間を枕にして竜之助は横になって、そこに投げ出してあった小さな本を取り上げて見るとはなしに見てゆくうちに、隣座敷へ客が来たようです。

「どうぞ、これへ」

女中の案内だけが聞えて、客の声は聞えないが、畳ざわりから考えると一人ではないようです。

「お風呂が明いておりまする」

「ああ左様か、それではお前、さきにお入り」

「わたしはあとでようござんす」

「御一緒にお入りなされませ」

客は若い男女の声、それが聞いたことのあるようなので、竜之助は本を伏せる。

隣へ来た客というのは、火縄の茶店で竜之助と別れた男女。竜之助は再び耳を傾くるまでもなくそれと悟って、そうして奇妙な心持がしました。

「参宮の帰りにしてはあまり早い」

今宵はあまり客も混雑せず、大寺にでも泊ったような気持。静かにしていると、襖を洩れて聞ゆる男女の小声が、竜之助の耳に入ります。

「明日は京都へ着きますなあ」

「京都へ着いたとて……」

男は歎息の声。

「わたしは、早うお雪さんに会いたい」

これは、お浜に似た女の声。

「妹に会うたからとて、どうなるものではない……ああ、わしはいっそここで死にたい」

「ほんとに、死んでしもうた方が……」

ここで、また話が途切れます。

竜之助思うよう、やっぱり、これは無分別な若い者共じゃ。

「わたしじゃとて、もう亀山へは帰れず」

「わしも京都へは帰れず」

「死んでしまおう、死んでしまおう」

この声は少し甲を帯びて高かった。竜之助がこちらにあることを知らないものだから。

男は死んでしまおうと言う、女がそれに異議を唱えないのはそれを黙認している証拠で、この男女の相談は心中というところへ落ち行くのが、ありありとわかります。

「それでは、お前」

「真さん、わたしは、もう覚悟をきめました」

「済まぬ、済まぬ、お前には済みませぬ」

「いいえ」

「この世の納めの盃」

またここで話が途切れて、暫らくは啜り泣きの声。

「さあ、お前、書き遺すことはないか」

「はい、実家へ宛て、一筆」

「落着いて、見苦しからぬようにな」

「はい」

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