一
大和の国、三輪の町の大鳥居の向って右の方の、日の光を嫌って蔭をのみ選って歩いた一人の女が、それから一町ほど行って「薬屋」という看板をかけた大きな宿屋の路地口を、物に追われたように駈けこんで姿をかくします。
よくはわからなかったが、年はたしか二十三から七までの間、あまり目立たないつくりで、伏目に歩みを運ぶ面には、やつれが見えて何となしに痛わしいが、それでも、すれ違ったものを一たびは振返らせる。鳥居の両側にはいずれにも茶屋がある、茶店のないところには宿屋があって――女の姿をいちばんさきに見つけたのは、陸尺や巡礼などの休みたがる、構えの大きいわりに、燻ぶった、軒には菱形の煙草の看板がつるされ、一枚立てきられた腰高障子には大きな蝋燭の絵がある茶店の中に、将棋を差していた閑人どもであります。
「あれかよ、あれかよ」
「あれだ、あれだ」
碁将棋を打つ閑人以上の閑人は、それを見物しているやつであります。岡眼をしていた閑人以上の閑人が、今ふと薬屋の路地を入って行った女の姿を認めた時は、一局の勝負がついた時であったから、こんな場合には髷の刷毛先の曲ったのまでが問題になる。
「噂には聞いたが、姿を拝んだのは今日が初めてだ、なるほど」
「惜しいものだね――」
藍玉屋の息子で金蔵という不良少年は、締りのない口元から、惜しいものだね――と、ね――に余音を持たせて、女の入って行ったあとを飽かずに見ていたが、
「全く、あのままこの山の中に埋めておくは惜しいものでございますなあ」
図抜けて大きな眼鏡をかけた材木屋の隠居も、どうやら残り惜しい顔をしている。
「全く罪ですな、およそ世の中にあのくらい罪なものはございませんな」
ちょっと覗きに来たつもりで、うかうかと立見をしてしまった隣の宿屋の番頭も、つり込まれて慷慨の体。
「左様、全く罪なことでござるよ、あんなのはいっそ助けない方がようござるな、添うに添われず、生きるに生きられず、現世で叶わぬ恋を未来で遂げようというのじゃ、それを一方を殺し一方を助けるなんぞ冥利に尽きたわけさ」
眼鏡の隠居は慨歎する。
「でもね――女に廃りものはないからねえ」