本文へ移動
TORENDIA

大菩薩峠

本文約46,500字 ・ 読了時間 約94分

あらすじ(AIが作成しました)

宇津木兵馬を追い病に倒れたお君は、若い馬商人に救われ甲州の馬大尽である藤原家に奉公する。そこで顔に凄まじい火傷を負いながらも気品あるお銀様に出会い、親切にされる。お君は飼い犬ムクと共に暮らすうち、かつて助けた駒井能登守に再会し、お君と奥方の容貌が瓜二つであると評される。その後、お君は能登守への取り次ぎを頼まれ城へ向かうが、待ち受けるお銀様と街で見かけた女の姿が重なり、物語は不可解な予兆をはらみながら展開する。

中里介山

🎧 まだ音声版はありません

リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。

💰 この本を応援する(投げ銭)

1 / 55

一

これよりさき、竜王の鼻から宇津木兵馬に助けられたお君は、兵馬恋しさの思いで物につかれたように、病み上りの身さえ忘れて、兵馬の後を追うて行きました。

よし、その言い置いた通り白根の山ふところに入ったにしろ、そこでお君が兵馬に会えようとは思われず、いわんや、その道は、険山峨々として鳥も通わぬところがある。何の用意も計画もなくて分け入ろうとするお君は無分別であります。

ムク犬は悄々として跟いて行きました。そのさま、恰も主人の物狂わしい挙動を歎くかのようであります。

丸山の難所にかかった時分に日が暮れると共に、張りつめたお君の気がドッと折れました。

「ムクや、もう疲れてしまって歩けない」

杉の木の下へ倒れると、ムクもその傍に足を折って身を横たえました。

ムク犬が烈しく吠え出したのはその暁方のことでありました。お君はそのムク犬の烈しい吠え声にさえ破られないほどに昏睡状態の夢を結んでいたのであります。

ムクの吠える声は、快く眠っているお君の耳には入りませんでしたけれど、幸いにそこを通り合せた馬商人の耳に入りました。

まだ若い丈夫そうな馬商人は、小馬を三頭ひっぱって、奈良田の方からここへ来かかりましたが、この暁方、この人足の絶えたところで、犬のしきりに吠えるのが気になります。

「おやおや、この娘さんが危ない、こりゃ病気上りで無理な旅をしたものだ」

この若い馬商人は心得てお君の身体を揉み、懐中から薬などを出してお君に含ませ、

「おい姉さん、しっかりしなさいよ、眠るといかんよ、眠らんで眼を大きくあいておらなくてはいかんよ、わしはこれから有野村の馬大尽へ行くのだが……」

ほどなくお君はこの馬商人に助けられ馬に乗せられて、有野村の馬大尽というのまで連れて来られました。

馬大尽の家の前まで来て見るとお君は、その家屋敷の宏大なのに驚かないわけにはゆきません。

甲州一番の百姓は米村八右衛門というので、それが四千五百石持ちということであります。和泉作というのは東郡内で千石の田畑を持っているということであります。この馬大尽はもっと昔からの大尽でありました。

中里介山の他の作品

同じジャンルの朗読つきの本