みさごの鮨
本文約22,900字 ・ 読了時間 約46分
あらすじ(AIが作成しました)
加賀国山代温泉の近江屋を訪れた仏語教授の榊三吉は、そこで働く奇妙な女中・お光と出会う。学識ある教授に興味を抱いたお光は、彼の持ち物に執着し、教授もまた彼女の不思議な魅力に惹かれていく。ある夜、教授の外套を纏ったお光が何者かに襲撃される事件が発生し、死の床にある彼女の元へ教授が駆けつける。盲目の父や周囲の人々が見守る中、お光は最期まで教授への慕情を貫こうとする。
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
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一
「旦那さん、旦那さん。」
目と鼻の前に居ながら、大きな声で女中が呼ぶのに、つい箸の手をとめた痩形の、年配で――浴衣に貸広袖を重ねたが――人品のいい客が、
「ああ、何だい。」
「どうだね、おいしいかね。」
と額で顔を見て、その女中はきょろりとしている。
客は余り唐突なのに驚いたようだった。――少い経験にしろ、数の場合にしろ、旅籠でも料理屋でも、給仕についたものから、こんな素朴な、実直な、しかも要するに猪突な質問を受けた事はかつてない。
ところで決して不味くはないから、
「ああ、おいしいよ。」
と言ってまた箸を付けた。
「そりゃ可い、北国一だろ。」
と洒落でもないようで、納まった真顔である。
「むむ、……まあ、そうでもないがね。」
と今度は客の方で顔を見た。目鼻立は十人並……と言うが人間並で、色が赤黒く、いかにも壮健そうで、口許のしまったは可いが、その唇の少し尖った処が、化損った狐のようで、しかし不気味でなくて愛嬌がある。手織縞のごつごつした布子に、よれよれの半襟で、唐縮緬の帯を不状に鳩胸に高くしめて、髪はつい通りの束髪に結っている。
これを更めて見て客は気がついた。先刻も一度その(北国一)を大声で称えて、裾短な脛を太く、臀を振って、ひょいと踊るように次の室の入口を隔てた古い金屏風の陰へ飛出して行ったのがこの女中らしい。
ところでその金屏風の絵が、極彩色の狩野の何某在銘で、玄宗皇帝が同じ榻子に、楊貴妃ともたれ合って、笛を吹いている処だから余程可笑しい。
それは次のような場合であった。