詩集『戦争』
本文約4,100字 ・ 読了時間 約9分
あらすじ(AIが作成しました)
詩集『戦争』は、北川冬彦が短詩運動を通じて展開した新たな詩作の軌跡を収める。本書はダダイズムやキュビスムの影響を受けた初期の感覚的な表現から、やがて直面した精神的苦悶や絶望を経て、階級という新たな視野の獲得に至るまでの変遷を辿る。梶井基次郎がその詩的意志と技法の変容を詳細に論じ、北川が対象を主宰し独自の視覚的イメージを構築する詩世界の特質と、社会的な現実へと開かれようとする今後の可能性を解き明かす。
💰 この本を応援する(投げ銭)
私は北川冬彦のやうに鬱然とした意志を藏してゐる藝術家を私の周圍に見たことがない。
それは彼の詩人的 career を貫いてゐる。
それはまた彼の詩の嚴然とした形式を規定してゐる。
人々は「意志」の北川冬彦を理解しなければならない。この鍵がなくては遂に彼を理解することは出來ないであらう。
彼は「短詩運動」「新散文詩運動」を勝利にまで戰ひ通して來た。終始一貫して。新しい詩壇は今やその面目を一新してゐる。韻文は破壞された。韻文的なもの――古臭い情緒――は姿を消して、新しいエスプリが隨所に起つた。「表現の單純化」「效果の構成」は古い詩人達の詩型にまで及んでゐる。嘗てはわれわれに親しかつた古い歌ひ振りの詩を今日に於いて省みるならば、われわれはそれがもう全く讀めないものになつてゐるのに驚く。「口説き」は五月繩く、讀んでしまつて何等のヴイジョンがなかつたことに氣付く。時代は明らかに一新したのである。
北川冬彦は終始この運動の尖端に立つて戰つてゐた。身をもつて。彼ははじめから他の人々のやうに一枚の古い衣裳も纏つてはゐなかつた。カモフラージユなしで戰つたのである。最も新しい、「詩とは思へないもの」で身を曝したのである。その彼の威力ある屹立は、だからいつも人々のブツブツいふ聲でその脚もとを洗はれてゐた。また彼はいつも最も簡單な言葉で彼の教理を説いてゐた。同じことを繰返し繰返しして云つてゐた。これは自ら恃むことに厚く最も勇敢な人々のみの爲し得ることである。――かくの如く彼は戰つて來た。身をもつて。鐵のやうな意志をもつて。
彼の詩の嚴然とした詩型が彼の「意志」によつて規定されてゐるといふことについては、數多の論證を必要とするやうである。また少しの論證をも必要としないやうである。私は單にこの獨斷を掲げるにとどめて、次に「戰爭」の批評に移る。批評とは云ふものの私は小説家であつて自分の思つたことを最も平凡に披瀝するに過ぎない。