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TORENDIA

吠える

本文約2,100字 ・ 読了時間 約5分

あらすじ(AIが作成しました)

小石川の坂道に建つ無人のような家。その門先には、鎖に繋がれた斑模様の白犬が雨ざらしの小舎で暮らす。犬は雨に打たれ、人間のような顔で悲痛な遠吠えをあげる。その声は、対面の精神病院に収容された女性に届き、女性は呼応するように叫び声を上げる。犬の遠吠えと狂人の咆哮が重なる二重唱に、聞き手である私は、理性が揺さぶられ、自らも叫びだしたいような激しい切なさと胸の苦しみを覚える。

宮本百合子

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🎧 吠える / 朗読音声: VOICEVOX:青山龍星

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雨が降って寒い夕暮など、私はわざと傘を右に傾け、その方は見ないようにして通るのだ。どういう人達が主人なのだろう。そしてまた何故、あの小舎を、彼処に置いておくのだろう。私は、坂を下りかけると、遠くから気をつけて行く。白いものがちらりと見えたり、かちゃりと鎖の音がしでもすると、私は矢を禦ぐ楯のようにいそいで傘を右に低く傾ける。登って行く時なら反対の方へ――左へ傾ける。それで眼で見ることだけは免れるようなものだが、私は楽でない。彼処にあれが、ああやって生存する間私は完全に楽にはなり切れまい。――私は或る一匹の犬のことをいっているのだ。

然し、それより前、家のことを話そう。その犬の飼われている家は、小石川の二つの丘陵地帯を繋ぐ、幅広い坂の中途にある。坂の中途に建った家がよくそうである通り、家全体の地盤が坂より低い。二三段石の踏段を降りて、門から玄関までの敷石を渡ることになっている。細長い、樫の木の生えた、狭く薄暗い門先だ。そこに、犬小舎が置いてある。軒下ではない。門柱の直ぐ傍だ。何だか粘土質らしい、敷石はずれの地びたの上に、古びた木造の犬小舎がある。

私は、その門から男も女も、活々した姿を現したのを嘗て一瞥したことさえない。門扉が開き、まして近頃はアンテナさえ張ってあるのが見えるから、確に人はいるのだ。それにも拘らず、私が通る時出会うのは人ではない。犬だ。いつも、犬だ。白い頭の上から墨汁の瓶をぶっかけられたように、黒斑のある白犬だ。

斑犬を、私は一概に嫌いだというのではない。鷹揚で快活な斑もあるが、その犬のように、全体はっきりした白と黒とで穢れたようなのは、陰気だ。その上、まるで面長な色白い人間の婆さんのような表情を、この犬は持っているのだ。樫の木は、冬でも小暗い蔭を門になげている。家はがらんと人気ない。そこに、鎖につながれ、この斑の婆さん風な犬が私を見ている。――おまけに、その犬は、世間普通な犬の吠え方を知らないのか忘れるかしている。吠える声を聞くといつも遠吠えだ。死人の魂を動物の本能が感じて恐怖するという遠吠えだ。ワオーと、鼻にぬかして遠吠えする。

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