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TORENDIA

北へ行く

本文約1,200字 ・ 読了時間 約3分

あらすじ(AIが作成しました)

宇都宮に向かう列車内、福島訛りのある農夫が乗り合わせた国学院の学生に、当時の漢口事件をめぐる中国の情勢について質問を繰り返す。学生たちは困惑して曖昧な態度をとり、農夫の純粋な知的好奇心や社会への関心に応じることができない。筆者は、知識を求める老農夫と、それに対し沈黙する学生たちの姿を通じ、知識や思索をめぐる両者の対照的なあり方を静かに観察する。

宮本百合子

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🎧 北へ行く / 朗読音声: VOICEVOX:もち子さん

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斜向いの座席に、一人がっしりした骨組みの五十ばかりの農夫が居睡りをしていたが、宇都宮で目を醒した。ステイションの名を呼ぶ声や、乗客のざわめきで、眠りを醒されたという工合だ。窓の方を向いて窮屈に胡座をくんでいた脚を下駄の上におろしながら、精力的な伸びをした。二人づれの国学院の学生がその時入って来て、座席を物色した。車内は九分通り満員だ。二人はその農夫の前えに並んでかけた。

農夫はやがて列車が動き出すと、学生に話しかけた。

「学校は東京ですかい?」

「ええ」

「あなた方の学校にも、支那の留学生がいますか」

ちょうど漢口事件のあった後であった。訊かれた学生は互に一寸顔を見合わせるような素振りをし、

「僕たちの方には来ていません」

と低い声で答えた。

「――本国であんなごたごたしているのに、金、なじょにするだべ」

ききなれたそれは福島辺の訛なので、私はぼんやりした好意をその体躯堂々たる農夫に対して感じた。彼が土を掘ってこそいるが、或る精神力のようなものをも持っていて、世界のいろいろな出来事に興味を感じ、その興味を裏づけるに必要な知識を、若い大学生から得たい心持でいるのがよく察せられた。

「支那、大分騒いでいるらしいが――どう云うんだっぺえな――政党争いみたいなもんだっぺえか」

彼はつづけて質問的に云ったが、大学生達の居心地わるそうな、尻ごみした態度が明かになるだけで、一人が、

「さあ」

と曖昧に薄笑いしたぎり、必要な答えは与えない。傍でそれを観ると、やや老いかけた農夫の方が、生活力の素朴な感じの点で、青年である大学生よりずっと青年らしくあった。恐らく知識慾の上でも職業学生より、彼が活溌なのではあるまいか? そのような感情をもって観ていると、人のよい農夫は、自分の農夫であることや、無智であることを自覚し、学生に対して常にひかえ目であるのだが、どうしても衷心からの動きを制しかねた風で半ば独言のように云った。

「それでもはあ、民衆一体の仕合わせを目あてにしてやっているちゅうのは嘘でなかっぺえな――支那の奴等も目醒めて来たんだない」

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