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TORENDIA

処女時代の追憶

本文約3,500字 ・ 読了時間 約8分

あらすじ(AIが作成しました)

十六七歳の頃、文学を志す兄に連れられ与謝野晶子の家を訪れた筆者は、清楚で理智的な夫人の姿に衝撃を受ける。また、神の存在や芸術と宗教の不一致を悩み、信仰と情熱の間で揺れ動く兄との思い出を綴る。さらに、旧家の娘として高貴な客人の世話を強要された際、理不尽な要求に対し毅然と反抗した経験を回想し、自らの気概を誇る。本作は、作家として歩み始める前後の瑞々しい感性と、家族の絆や自己の内面を描く自伝的な随筆である。

岡本かの子

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🎧 処女時代の追憶 / 朗読音声: VOICEVOX:波音リツ

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処女時代の私は、兄と非常に密接して居ました。兄に就いていろいろの思ひ出があります。十六七の時でした、何でも秋の末だと思ひます。子供のうちから歌や文章を好んで居た私を、やはり文学者として立つつもりで高等学校に居た兄が、新詩社の與謝野晶子夫人の処へつれて行つて呉れました。その頃新詩社からは今の明星の前身のやはり明星といふ大な詩歌雑誌が出て居ました。兄は私をつれて行くよりずつと前に新詩社に入り、歌や詩を明星に出して居りました。よく晴れた日でした、高く澄み上つた空の下に、枯草の道がながく続いて居ました。千駄ヶ谷の鉄道線路を挟んだ低い堤だつたと覚えて居ます。イナゴがしきりにとんでところどころに、枯れのこつた露草の花が、小さくかぢかんで咲いて居ました。これから連れて行く新詩社がその何丁くらひ先きにあるのか與謝野夫人がどんな方であるか、私はその想像で胸が一ぱいでした。が、無口な兄は、何にも云つて聞かせませんでした。唯カスリの袷にキチンと袴を穿いて、少しよごれた一高の制帽の白線が色の黒い兄の丸顔と可愛らしく対照して居ました。新詩社は新宿よりの千駄ヶ谷の畑中の極々質素な平家でありました。兄のうしろに肩揚をしてお下げに髪を結つた私は、かくれるやうに座りました。私達は家の真中の広間――今強いて云へば応接間でしようか――に晶子夫人をお待ちして居りました。

離れの障子の開く音がして、ひたひた板廊下をふむ柔かい足音がしました――丈の高い色の真白な晶子夫人が、私達の前へ現はれました。髪を無造作に巻いて、青つぽい絣の袷にあつさりした秋草模様のメリンスの帯。広い額が貝のやうになめらかでちいさい、しかし熱情的なそして理智に光る眼――前歯がかけて居るせいか口を利きにくさうに、でもはきはきと何か云はれるところが、優しいうちにも凛として居られました。その全体からうける清楚とした感じは、とても後年の濃艶な扮装の夫人から想像することはむづかしい。

狭い明るい庭に霜にいたんだ黄菊白菊が乱雑に咲いて居るのがかへつて趣ある風情だつたと覚えて居ます。

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