本文へ移動
TORENDIA

踊る地平線

本文約28,400字 ・ 読了時間 約57分

あらすじ(AIが作成しました)

ロンドンの下宿で暮らす「私」と彼女は、連日の雨と煤煙に閉ざされ、窓から街を眺めては鬱屈した日々を過ごす。やがて、部屋に置いた靴に不可解な水が溜まるという怪異に直面した私は、その原因を突き止めるべく寝台の下に潜んで犯人を待ち構える。異国の地で直面した奇妙な体験と、窓から見える街の情景を描く。

谷譲次

🎧 まだ音声版はありません

リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。

💰 この本を応援する(投げ銭)

1 / 38

窓

私たちの部屋には、四角な枠に仕切られた二枚の淡色街上風景が、まるで美術館の絵のようにならんで壁にひらいている。くる日も来る日も鉛いろの雨に降りこめられている私達に、かろうじて外部の世界との交渉が許されるのは、いま言ったふたつの窓硝子をとおして町に移る陰影のうごきを眺める場合だけだ。窓は家の眼だという。が、この窓はただちに私たちの眼でもあった。私と彼女は、ひとりずつその穴ぐらみたいな薄暗い部屋の窓のまえに立ちつくして、解くまで獄を出られない与えられた問題かなんぞのように、朝から晩まで狭い往来を見つめていることが多かった。

窓から覗く空は、円をえがくかわりに平面な一枚の雲の板だ。それが、遠雷のようなロンドンのどよめきを反響して、ぜんたいが遅々とそして凝然と押し流れてゆく。早く言えば、空というひとつの高いはっきりした存在があるのではなく、ろんどんの呑吐する煙が厚い層をなして、天と地を貫いて立っているにすぎなかった。その低空にがあっと音がする。があっと音のするような感じで瞬く間に空がくもるのだ。そうすると向側の家を撫でていた薄陽がふっと影って、白い歩道の石に小さな黒点がまばらに散らばり出す。きょうも雨だ。

雨・雨・雨――五月の雨。

煤煙と人いきれと音響を溶かして降る倫敦の雨。

なんというものとにい、何という呪われた憂鬱であろう!

窓枠のなかの風景画にも雨がけむる。

谷譲次の他の作品

同じジャンルの朗読つきの本