踊る地平線
本文約28,600字 ・ 読了時間 約58分
あらすじ(AIが作成しました)
コペンハーゲンやオスロ、フィンランドの湖畔など北欧各地を旅する筆者が、異国の地で目にする風景や日常の断片を綴る。通りを蹴って進む少年の姿に童心を見出し、歴史の重みを感じさせる街並みを歩き、湖での静謐な滞在や異国での交流を通じて、旅先で得られる好奇心と詩的な感興を描き出す。未知の環境で得た独自の発見や異文化との接触を、旅情あふれる視点で鮮やかに切り取った紀行文である。
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
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秋の静物
旅は、この散文的な近代にのこされたただひとつの魔法だ。
ある日、まったく系統のちがった一社会に自分じしんを発見する。その異国的な、あまりに異国的な、ときとして all-at-sea の新環境を呼吸するにいそがしいうちに、調べ革のように自働的に周囲がうごいて、またまたほかの不思議な現象と驚異と感激と恍惚が私たちのまえにある。
たとえばこの朝、鉛いろの日光に整然とかがやいて大きくゆたかにひろがっている「北のアテネ」に、私達はぽっかりと眼をさました。
北のアテネ――でんまあく・コペンハアゲン。
そうすると、この一個の地理的概念に対して、私は猟犬のような莫然たる動物本能に駆られるのだ。旅行者はすべて、まるで認識生活をはじめたばかりの嬰児のように、あまりに多くの事物に同時に興味を持ちすぎるかも知れない。
What is IT ?
What is THIS ?
What is THAT ?
だから、露骨で無害な好奇心と、他愛のない期待とが一刻も私をじっとさせておかない。さっそく私は、憑きものでもしたような真空の状態でまず街上に立つ。町をあるく。どこまでも歩く。ついそこの角に何かがあるような気がしてならないからだ。この「ついそこの角に何かがあるような気」こそは、旅のもつ最大の魅力であり、その本質である。そして角をまがると、いつも正確に何かがある。小公園だ。浮浪者が一夜をあかしたベンチが、彼の寝具の古新聞とともに私を待っている。腰を下ろす。
この時、私の全身は海綿だ。
なんという盛大なこの吸収慾! 何たる、by the way, 喜劇的にまで「カメラの用意は出来ました」こころもち!
なによりもさきに、私は町ぜんたいを受け入れて素描しなければならない――この場合ではコペンハアゲンという対象を。
第一に、ひくい雲の影だ。