踊る地平線
本文約28,400字 ・ 読了時間 約57分
あらすじ(AIが作成しました)
瑞西の高級保養地サン・モリッツを舞台に、希臘の若い海軍武官と称する青年と語り手の交流を描く。独身の青年は結婚相手を求め、冬の社交植民地へ辿り着いたという。華やかな社交場としての雪の町には、肩書きを偽り入り込む人々や、婚約を繰り返す男女といった流行が渦巻く。周囲の人物が身分を装っている可能性を想起しながら、語り手は過剰なまでに整った日常を送る青年の姿を観察し、この地でのひとときを回想する。
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私が、その希臘人の友達を Roger & Gallet と呼び出したのは、彼がこの巴里化粧品会社の製造にかかる煉香油を愛用して、始終百貨店の婦人肌着部のようなにおいを発散させながら、サン・モリッツのホテルの廊下を歩いていたことに起因する。
だから私は、私のいわゆるロジェル・エ・ギャレ氏の本名は知らないのだが、それはすこしもこの話の現実的価値を低めはしないと信ずる。なぜなら、私は、彼の名前こそ知らないが、彼がオスロかどこか北方の首府に仕事と地位を持っている希臘の若い海軍武官であることも、いつも小さな秤を携帯していて、それで注意深くフィリップ・モウリスの上等の刻煙草を計って、自分で混ぜて、晩餐後の張出廊で零下七度の外気へゆっくりと蒼い煙を吹き出す習慣のあることも、例の大陸朝飯――珈琲・巻麺麭・人造蜂蜜・インクの香の濃い新聞・女中の微笑とこれだけから構成されてる――を極度に排斥して、BEEFEXと焼林檎と純白の食卓布に固執していることも、趣味として部屋では真紅のガウンを着ていることも、いまはバルビウスの“Thus and Thus”を読んでいることも、そして、実を言うと、それよりも巴里版ルイ・キャヴォの絵入好色本のほうが好きらしいことも、すべての犬を怖がって狆に対しても虚勢を張ることも、英吉利の総選挙を予想して各政党の詳細な得票表を作ってることも、その一々に関して食後から就寝までの時間を消すに足る綿密な説明を用意してることも、それから、これは前に言ったが、半東洋風の黒い頭髪をロジェル・エ・ギャレ会社の製品で水浴用護謨帽子のように装飾して――で、私は彼にひそかにこの綽名を与えたわけだが、――聖モリッツ中の異性の嗅覚を陶酔させようとTRYしていたことも、要するに、ロジェル・エ・ギャレという存在は、或いは彼自身の饒舌により、または、私の作家的観察眼で、ほとんど全部、私は、摘み上げて、蒐集して、分類して、ちゃんと整理が出来上っているのである。