落ちてゆく世界
本文約19,600字 ・ 読了時間 約40分
あらすじ(AIが作成しました)
喘息を患う父と、肺結核で入院する兄、そして学生の弟を抱える雪子の生活を描く。雪子は自身の血を売って得た金で陶器の皿を買い、虚脱した日常の中で美や勝負事に逃避を見出す。家族が死や困窮という厳しい現実に向き合う中、宗教に傾倒する母やアルバイトを模索する弟らとの暮らしが続く。父の死後、雪子は己のエゴイズムと自由を抱えたまま、宿命として重荷を背負い、目的も反省もない日々をただ静かに生きる様子を描写する。
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
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ある日――
足音をしのばせて私は玄関から自分の居間にはいり、いそいで洋服をきかえると父の寐ている部屋の襖をあけました。うすぐらいスタンドのあかりを枕許によせつけて、父はそこに喘いでおります。持病の喘息が、今日のような、じめじめした日には必ずおこるのです。秋になったというのに、今年はからりと晴れた日はまだ一日もなく、なんだか、あついような、そして肌寒い毎日でありました。
「唯今かえりました。おそくなりまして。いかがでございますか……」
父は黙って私の顔をみつめております。私は父のその目付を幾度もうけて馴れておりますものの、やはりそのたびに一応は、恐れ入る、という気持になって、丁寧に頭をさげます。そして、ぎごちなく後ずさりをして部屋を出ました。
つめたい御飯がお櫃の片側にほんの一かたまり。それに大根の煮たのが、もう赤茶けてしるけもなくお皿にのっております。土びんには、これもまたつめたい川柳のお茶がのこりすくなくはいっております。私はいそいでお茶漬けにして、食事を済ませました。胃のなかに、かなしいほどつめたいものが大いそぎでおちこんだという感じがします。その時、母が父の部屋にはいったらしく、二人の会話がきこえて来ました。私のことなのです。
「雪子は御飯まだなんだろ。九時になるというのに」
「何ですかねえ。夕方から出ちまって、家の事ったら何一つしようとしないで……」
「あなたがさせないからいけないのです」
「申し訳ございません」