本文へ移動
TORENDIA

入梅

本文約9,900字 ・ 読了時間 約20分

あらすじ(AIが作成しました)

戦争で夫を失った主人公は、幼い息子と老僕の作衛と郊外で暮らしている。絵付けの仕事が忙しくなり雇った、足が不自由で同名の娘・おはるに対し、作衛が異常な執着を見せるようになる。のちに娘は別の縁談で去るが、事の顛末から作衛との関係に限界を感じた主人公は、彼に故郷へ帰るよう告げる。翌朝、作衛が静かに去った後の家で、主人公は息子を抱き寄せ、二人きりの生活を噛みしめながら、雨の降る中を入梅の気配とともに過ごす。

久坂葉子

🎧 まだ音声版はありません

リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。

💰 この本を応援する(投げ銭)

1 / 14

わたしは庭に降りて毛虫を探し、竹棒でそれをつきころしていた。それは丁度、若葉が風にゆらいでいきいきとしており、モスの着物が少しあつすぎる入梅前のこと、素足にエナメル草履の古いのをつっかけて庭掃除に余念がなかった。毛虫は、ほんの二坪位の庭より十匹余りも出て来た。石のくつぬぎに行儀よく並べた死骸を又丁寧に一匹ずつ火の中に放りこもうとして紙屑を燃やした。紙屑は、図案のかきつぶしである。めらめらと燃えるたくさんの和紙の中に、毛虫共は完全に命を終えた。その時、私は夫のことを思い出した。戦争に征って四年、とうとうそのシベリヤにたおれてかえらぬ身となってしまったのである。急性肺炎で病死したという報をきいたのは去年の秋であった。

夫は田舎の大地主の一人息子だった。大学を出ると郷里へは帰らないで神戸で事業をはじめた。夫の両親はその頃相次いでなくなり、私はその翌年に結婚したのだった。新婚旅行を兼ねて、夫の郷里へ墓まいりに行ったのは、秋立つ頃で、いろいろの草花がかなしいいろを田舎道にみせていたが、私達はそれさえ気に留めずに幸福感にひたりきっていたのだった。その広大な地所は、終戦後、不在地主とやらでただどられのようにとられ、その後どうなっているのかさえ知らない。避暑用の夏だけの別荘も売り、更に焼けのこった神戸市中の邸も売りはらい、道具もさばき、私は夫の留守を、六つになるたったひとりの男の子行雄と共にどうにか生きて来たのだった。私の実父母も、とうに死んでおり、親類というほどの人もなく私にとってそれは気楽だというもののさびしいに違いなかった。

久坂葉子の他の作品

同じジャンルの朗読つきの本