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TORENDIA

華々しき瞬間

本文約44,600字 ・ 読了時間 約90分

あらすじ(AIが作成しました)

大阪近郊で広告部の嘱託として働く南原杉子は、ある喫茶店で夫婦の蓬莱建介・和子や放送会社勤務の仁科六郎と出会う。杉子は多彩な顔を持ち、周囲の人々と複雑に関わりながら交流を深めていく。ある日、杉子は仲間が集まる場で自作の曲をピアノで演奏する。その音色に触れた六郎が思わず「阿難」と叫び、その瞬間に杉子は自らの幸福と華々しき時を噛みしめながら、その場を立ち去るまでを描く。

久坂葉子

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南原杉子。うまれは火星日である。地球に最も近い軍神マルスの影響をうけ、最も強烈に、そのエネルギーを放射。戦闘的性質を有し、目的に対して積極的なれど、多難な運命である。その上、人生の終局に於いて、複雑な交叉点に、信号を無視して立脚し、自ら禍をまねく。

一

南原杉子は、突然小さな社会、つまり二組の夫婦の上に出現した。彼女の年齢も歴史もわからない。

大阪近郊、南田辺のとある露地の奥、石の門柱と木の扉。そして踏石が三つ。格子戸の玄関。急な段梯子。きいろくなった襖。庭に面した六畳。壁にぶらさがった洋服類。隅の方にミカン箱。中に食器と台所用具。窓ガラスにぺったりと四角い麻のハンカチーフ。

南原杉子は、二枚のトーストを食べ、牛乳をコップ一杯のみほすと、手早く洋服をきがえた。

十時にビル街のあるビルディングの四階に、南原杉子はあらわれる。東京を脱出して三日目に、紡績会社の広告部の嘱託となった。彼女の仕事は民間放送に関するすべてである。まだ一カ月にならないが、彼女は関西のなまぬるいお湯の中に、東京の、いや南原杉子のにえたぎった血を流しこみはじめた。会社重役も、放送会社の関係者も、出演者も、南原杉子の驚異的な仕事ぶりに唖然とした。南原女史、彼女はしかし決してえばってはいない。親密に、無邪気に、大様に人々を接近させ、包容し、安心させる術を十分心得ている。

南原杉子の生活力の旺盛さ。それは、誰でも知っているところである。今更、彼女の、生活のための生活をさぐったところで大した興味はないわけだ。

二

街の真中に川が流れているのは、いくら汚濁の水といえどもいいものである。近代的な高層建築や、欄干のある料理屋などが、少しも統一されていないまま水にうつる。ガス燈でもつきそうな橋近くに、「カレワラ」のガラス窓がみえる。やはり川に面していて入口は電車通り。喫茶店ではあるが、御客がやって来ても注文ききなどしない。

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