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TORENDIA

貝殼追放

本文約10,800字 ・ 読了時間 約22分

あらすじ(AIが作成しました)

痔瘻の手術後、衰弱した身体で静養する著者は、兄に誘われ歌舞伎座で上演される「沈鐘」を観劇する。観劇中、芸術的良心を欠いたまま突き進む「向不見の強味」を持つ集団が文壇や劇壇を席巻する現状に直面する。折しも新聞で目にした自身の作品への誤った批評を通じ、著者は無知や流行に迎合する人々が持つ無責任な力の大きさを痛感する。弱者の吠え声を上げるのではなく、信念を持って抗う決意を綴る。

水上瀧太郎

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たださへ夏は氣短になり勝なのに全身麻醉をかけられて、外科手術をした後の不愉快な心持は、病院を出てから一週間にもなるのに、未だに執念深く殘つて居る。

甚だ汚ならしい話だが、疾患は痔瘻なので、病院へ通ふのに、乘物に腰掛けて搖られるのが苦痛で、何時も電車の釣革につかまつて立つて居るのであるから、芝の端から築地迄小一時間もかかる道中は、たとへ囘復期にありとはいへ、衰弱した身體には隨分堪へるのである。病院で患部を洗はれ、火照る程沁みる藥を忌々しく思ひながら、又同じ道を立ちづめの電車で家に歸ると、全く疲れ切つて何をする氣力もなくなつてしまふ。本を讀む事も、新聞を讀む事も大儀で、今でもクロロホルムのさめ切らないやうな氣持で仰臥してゐるばかりで、苛立たしい心持を恥ぢながら、それを免れる事が出來ないのである。

ところへ兄が見舞に來てくれて、いろんな話の末に、歌舞伎座の「沈鐘」を見に行かうと思ふが身體に故障が起らなければ一緒に行かないかと誘つてくれた。自分も「沈鐘」は見度いと思つてゐたので喜んで同意したが、その實、心の中ではこの芝居を兄には見せ度くないと思ふ心持が強かつた。

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