人の言葉――自分の言葉
本文約2,200字 ・ 読了時間 約5分
あらすじ(AIが作成しました)
本居宣長、小泉八雲、パブロ・カザルスらの言葉や様々な故事を引用し、科学研究のあり方や専門家としての心得を綴る。先人の学問への姿勢や芸術家の視点を物理学の研究に引き寄せ、学問における独創的な思索や専門外への関心の重要性を論じる。また、物理学という学問に対する誤解や、研究者が陥りやすい議論の空費、学問に没頭するあまり周囲が見えなくなる姿勢についても言及し、科学界の発展に向けた示唆を与える随筆である。
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一
「おおかた古を考うる事、さらに一人二人の力もてことごとく明らめ尽くすべくもあらず。またよき人の説ならんからに多くの中には誤りもなどかなからん。必ずわろき事もまじらではえあらず。そのおのが心には、今は古の心ことごとく明らかなり、これをおきてはあるべくもあらずと思い定めたることも、思いのほかにまた人の異なるよき考えもいで来るわざなり。あまたの手を経るまにまに、さきざきの考えの上をなおよく考えきわむるからに、次々にくわしくなりもて行くわざなれば、師の説なりとて必ずなずみ守るべきにもあらず。よきあしきをいわず、ひたぶるに古きを守るは、学問の道には、いうかいなきわざなり。」(本居宣長『玉かつま』)
この初めの「古を考うる事」というのを「物理学上のいかなる問題にても」と改めて、もう一ぺんはじめから読み返してみるとおもしろい。この宣長の言葉をかみしめる事をすべての科学の研究者にすすめたい。これを味わってみれば、自分一人である問題を解決しようとして一生何も貢献せずに終わり、あるいは恥をかく事もなく、めいめいの分に応じた仕事を楽しむ事ができそうである。
二
「今日本にあらゆる種類の全く無用な団体を作ろうとする熱、一種の狂熱がある……文学芸術の研究は決してかかる協会に伴なうものではない。文学芸術の研究は個人の努力と、それから独創的思索にたよるものだ。有名な書物を書き有名な絵をかいた偉大な日本人は、自分らを助ける協会などを要しなかった。彼らは孤独で労作したのだ。……日本の会合は時間の有害な浪費であると自分は思うと言った。……研究をさらに進めるため洋行する日本の青年学者を思ってみよ。……ところで日本へ帰って来ると、仕事をせよと奨励されずに、会合に出て宴会に出席して、雑誌を発刊して、演説をして、無報酬の講義をして、原稿を訂正して、仕事を妨げることに想像される有りとあらゆることをして、その時間を浪費せよと頼まれる。……そしてできるだけ早く疲労してしまうのが落ちだ。……」(小泉八雲の手紙。野口米次郎、『小泉八雲伝』より)