家庭の人へ
本文約4,500字 ・ 読了時間 約10分
あらすじ(AIが作成しました)
日常生活における理化学的な知識の欠如を指摘し、科学的理解を深めるための家庭教育の重要性を論じる。風呂場の寒暖計や雷、地震などの自然現象を例に挙げ、身近な事象を注意深く観察する態度こそが科学への興味を育むと説く。未知への恐怖を好奇心と実地体験によって克服した経験を交え、現象の仕組みを知ることで無用な狼狽を避け、適切な知識を活きた知恵へと昇華させるための指針を提示する。
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風呂の寒暖計
今からもう二十余年も昔の話であるが、ドイツに留学していたとき、あちらの婦人の日常生活に関係した理化学的知識が一般に日本の婦人よりも進んでいるということに気のついた事がしばしばあった。例えば下宿のおかみさんなどが、呼鈴や、その電池などの故障があったとき少しの故障なら、たいてい自分で直すのであった。当時はもちろん現在の日本でも、そういう下宿のお神さんはたぶん比較的に少ないであろうと思われる。室内電燈のスウィッチの、ちょっと開けてみれば分るような簡単な故障でも、たいてい電燈会社へ電話をかけて来てもらうのが普通であるらしい。
些細なようなことで感心したのは、風呂を立ててもらうのに例えば四十一度にしてくれと頼めばちゃんと四十一度にしてくれる。四十二度にと云えば、そんなに熱くてもいいのかと驚きはするが、ちゃんと四十二度プラスマイナス〇・何度にしてくれるのである。もちろんこれは湯沸しの装置がうまく出来ているから、そういう温度の調節が誰にでも容易に出来るのであって、われわれの家の原始的な風呂桶などとは訳がちがうことは確かである。しかしそういう装置を使っているだけに、摂氏一度だけの高低が人間の感覚にいかなる程度の差違となって表われるかということが、かなり明瞭に意識されているようであった。