神田を散歩して
本文約4,600字 ・ 読了時間 約10分
あらすじ(AIが作成しました)
神田を散歩する中で「宣伝」という文字を想起した著者が、その手段や影響、さらには社会における役割について考察を綴る。現代の広告のような皮相的なものから、信仰や思想に関わる侵略的なものまで、宣伝という行為が持つ多面的な危うさを分析する。多様な価値観や原理が併存する世界において、強引に一色に塗りつぶそうとする努力の是非を問い、真に価値あるもののあり方とは何かという問いへと想いを巡らせる随筆である。
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あるきわめて蒸し暑い日の夕方であった。神田を散歩した後に須田町で電車を待ち合わせながら、見るともなくあの広瀬中佐の銅像を見上げていた時に、不意に、どこからともなく私の頭の中へ「宣伝」という文字が浮き上がって来た。
それはどういうわけであったかよくわからない。その日は特別な「何々デー」というのでもなかったし、途中で宣伝の行列や自動車に出会った覚えもない。おそらく途中の本屋の店先かあるいは電柱のビラ紙かで、ちらと無意識に瞥見したかあるいは思い浮かべたこの文字が、識域のつい下の所に隠れていて、それが、この時急に飛び出して来たのかもしれないと思う。もっともそれにしたところで、広瀬中佐の銅像を見ていたという事が、どういう機縁になってこれが呼び出される手続きになったのか、これに関する筋の立った説明はなかなか簡単でないように思われる。
それはとにかく、私はその待ちおおせて乗った電車の上で、この「宣伝」という文字について取り止めないいろいろの事を考えてみた。しかしその時はそれきりで、何を考えたという事さえ忘れてしまっていたが、その後二三日たったある日の夕方、駿河台下まで散歩していた時に、とある屋根の上に明滅している仁丹の広告を見るとまた突然この同じ文字が頭の中に照らし出された。あの広告のイルミネーションが、せわしなくまたたきをするたびに色がぱっぱっと変わる、そのように私の頭の中でもいろいろの考えがまたたくように明滅した。
そこから帰る電車の中で、またこのあいだと同じようなまとまりのつかない考えを繰り返した。繰り返している間には、いくらかこのあいだとはちがった向きへも考えが分かれて進んで行った。それで結局は、何も別段得る物はなかったのであるが、でもせっかく考えた事だからと思って、ノートの端に書き止めておいた。その中のおもな事を改めてここに清書しておきたいと思う。