文字禍
本文約6,400字 ・ 読了時間 約13分
あらすじ(AIが作成しました)
アッシリヤのニネヴェ宮廷で図書館から聞こえる怪しい話し声の正体を突き止めるべく、老博士ナブ・アヘ・エリバが研究を始める。文字を凝視することでその存在を確信した博士は、文字の精霊が人々の精神や身体を蝕む実態を調査し、危険性を大王に報告する。しかし、その報告が王の怒りを買い、やがて大地震によって書物と共に埋もれる運命が動き出す。
💰 この本を応援する(投げ銭)
文字の霊などというものが、一体、あるものか、どうか。
アッシリヤ人は無数の精霊を知っている。夜、闇の中を跳梁するリル、その雌のリリツ、疫病をふり撒くナムタル、死者の霊エティンム、誘拐者ラバス等、数知れぬ悪霊共がアッシリヤの空に充ち満ちている。しかし、文字の精霊については、まだ誰も聞いたことがない。
その頃――というのは、アシュル・バニ・アパル大王の治世第二十年目の頃だが――ニネヴェの宮廷に妙な噂があった。毎夜、図書館の闇の中で、ひそひそと怪しい話し声がするという。王兄シャマシュ・シュム・ウキンの謀叛がバビロンの落城でようやく鎮まったばかりのこととて、何かまた、不逞の徒の陰謀ではないかと探ってみたが、それらしい様子もない。どうしても何かの精霊どもの話し声に違いない。最近に王の前で処刑されたバビロンからの俘囚共の死霊の声だろうという者もあったが、それが本当でないことは誰にも判る。千に余るバビロンの俘囚はことごとく舌を抜いて殺され、その舌を集めたところ、小さな築山が出来たのは、誰知らぬ者のない事実である。舌の無い死霊に、しゃべれる訳がない。星占や羊肝卜で空しく探索した後、これはどうしても書物共あるいは文字共の話し声と考えるより外はなくなった。ただ、文字の霊(というものが在るとして)とはいかなる性質をもつものか、それが皆目判らない。アシュル・バニ・アパル大王は巨眼縮髪の老博士ナブ・アヘ・エリバを召して、この未知の精霊についての研究を命じたもうた。