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TORENDIA

小説中の女

本文約7,800字 ・ 読了時間 約16分

あらすじ(AIが作成しました)

執筆予定の小説に登場する女性の面影が掴めない作家は、鎌倉から東京へ向かう車中で、理想の女性像に酷似した一人の女性と出会う。彼女の細部を観察し自身の内なるイメージと照らし合わせる中で、作家は創作のヒントを得る。数ヶ月後、知人の家を訪れた作家は、そこで再会したN夫人がかつての車中の女性本人であることを知る。作家は自身の空想のみさ子と目の前の実在する夫人との間で戸惑いを感じつつも、最終的に物語を書き上げる。

豊島与志雄

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その日私は、鎌倉の友人の家で半日遊び暮して、「明日の朝から小説を書かなければならない」ので、泊ってゆけと勧められるのを無理に辞し去って、急いで停車場へ駆けつけ、八時四十何分かの東京行きの汽車に、発車間際に飛び乗った。そして車室の、人の少い程よい場所をちらっと見定めて、帽子とステッキとを網棚の上に投り上げながら、足先の力を抜いて深々と腰を下したが、慌しく飛び込んで来た車室の明るい光と乗客達の視線とに、一寸気圧された形になったし、もう進行しだしてる汽車の動揺と響とにいきなり心が捲き込まれた形にもなって、煙草を吸うだけの余裕もなく、両腕を組んで眼瞼を閉じた。ほーっと吐いた息の自分でもそれと感ぜられる酒の香に、だいぶ酔っていることが分った。頭の中の世界が、変に澄みきって冴えていた。友の家庭の光景や友と交えた会話などが、断片的に――而も幻灯仕掛で頭脳の内壁に投影されるように、はっきりした静止の状態で浮き出してきた。「明日から創作をするのなら……。」と諦めて、名残惜しげに門口まで見送ってきた友の心根が、しみじみと感ぜられてきた。そしてそれに励まされるような気で、私はいつしか創作の方に心を向けていった。

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