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TORENDIA

私の信条

本文約3,500字 ・ 読了時間 約7分

あらすじ(AIが作成しました)

幼少期より孤独を好み、自由を何よりも尊ぶ筆者が、自己の信条や文学観を綴る。執筆は現実の描写よりも瞑想を重視する営みであり、私的な自由を侵害されることを強く拒む。著者は、一切の権力や拘束から解き放たれた自由な世界を夢想し、その理想と現実の摩擦から生じる人間の悲劇を作品で追究することを自らの使命とする。本作は、世間との関わりを自らの内面的な孤独と自由の基調から解き明かそうとする一編である。

豊島与志雄

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🎧 私の信条 / 朗読音声: VOICEVOX:波音リツ

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私の仕事と世の中とのつながり。――

私の主な仕事は、文筆の業である。それによってどうにか生活を立てている以上、世の中とのつながりがないわけではない。然し、それを分析してみたところで、消極的な面しか出て来ない。設問の要点は、積極的な面のことであろう。それならば、私自身のことを語るより外はない。

私は生来、孤独が好きで、孤独癖とでも言えるものを持っている。兄弟姉妹のない一人児として育った私だ。母から聞いたところによると、幼時、座敷の真中に置いて、玩具一つ与えておくと、数時間、半日でも、おとなしく一人で遊んでいたそうである。三つ児の魂、百までとやら、そういう性質が今に跡を引いている。

一例を挙げると、私は一人旅が好きだ。長時間汽車に乗っていても、一人きりで少しも退屈しない。なまじっか連れがあって、気を遣ったり応対したりするよりも、一人でぼんやりと、景色を眺めたり夢想したりする方が、よほど楽しい。同様に、私はひとと逢っても、甚だ無口で話題に乏しい。

それからもう一つ、一人児で育った者の常として、妙な潔癖、独占癖が、私にはある。例えば、親しい知人との間でも、着物を貸したり借りたりすることが嫌なのだ。安全剃刀にしろ石鹸にしろ、自分のは自分一人だけで使いたく、他人に使われるのが嫌だし、他人のを使うのが嫌だ。恋人との間は別として、親子との間でもそうである。

右のような私の性癖は、おのずから、他人との共感の範囲を狭め、自分自身を孤独な境地に持ってゆこうとする。そしてこの孤独な境地の中での自由を、私は何よりも好む。この自由を侵害されることが、私には最大の苦痛となる。

だから、例えば卑近な一事を挙ぐれば、お目にかかりたいが何日の何時頃に伺ったら宜しいか御返事を、というような手紙ほど、凡そ手紙の中で嫌なものはない。そのような予約は、私にとっては自由の制約と感ぜらるる。明日のことは今日は分らないのだ。

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